第21回:気候変動と私たちの危機意識
気候変動の報道スタンスを変えよ
BCP策定/気候リスク管理アドバイザー、 文筆家
昆 正和
昆 正和
企業のBCP策定/気候リスク対応と対策に関するアドバイス、講演・執筆活動に従事。日本リスクコミュニケーション協会理事。著書に『今のままでは命と会社を守れない! あなたが作る等身大のBCP 』(日刊工業新聞社)、『リーダーのためのレジリエンス11の鉄則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『山のリスクセンスを磨く本 遭難の最大の原因はアナタ自身 (ヤマケイ新書)』(山と渓谷社)など全14冊。趣味は登山と読書。・[筆者のnote] https://note.com/b76rmxiicg/・[連絡先] https://ssl.form-mailer.jp/fms/a74afc5f726983 (フォームメーラー)
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■28℃の設定温度なんてばかばかしい?
昨年、姫路市が夏場のエアコンの設定温度を28℃から25℃に下げる実証実験を行い、その結果、残業が14%減って職員の8割強が「作業効率が上がった」と答えたそうである。
この発表を受けて、ネット上にはさまざまな意見が飛び交っていた。「28℃の科学的根拠なんてなかったのだ」「今まで28℃でがまんして損をした」「28℃にこだわる必要なんてない!」といった声も少なくなかった。
個々の意見の良し悪しはともかく「それなら25℃でも20℃でも自分が快適と思える温度設定にすればよい」という風潮が世の中に広まってしまったら、これは大問題だ。電気は最もCO2排出量の多いエネルギーの一つ。冷房の設定温度を1℃上げるだけで年間14kgのCO2削減ができる(三菱重工のHPより)。その逆のことをやればCO2は増える一方だ。
こうしたCO2削減効果が無視されて、すべての国民がためらうことなく自分の好きな設定温度でエアコンを使い始めたら……。
28℃という数字に科学的根拠はなくても、人間がある程度暑さをしのげる肌感覚の指標であり、CO2の増減効果を可視化するための基準としても十分意味のある数字だ。28℃を維持するのがばかばかしいと言う人たちは、近い将来、夏場の平均気温が38℃になっても、仕事の効率を上げるために自分にとって快適な設定温度で使い続けるのだろうか? (エアコンの方が先にギブアップしてしまうだろうけど)
気候変動(最近は気候非常事態:Climate Emergencyという言葉もよく使われる)が想像以上のスピードで進行していることはもはや説明を要しない。その影響はすでに私たちの日々の生活やビジネスにも出ている。国も経済界も、マスメディアも学校教育も、いろいろな角度からこの脅威に取り組まなければならない時代に入ってきていると思うのだが……。
しかし現実は上で述べたとおりである。日本はあまりにのんびりしていて、本当に大丈夫か?と危惧したくなるのは筆者だけだろうか。
■気候変動に無関心になってしまう2つの理由
世界ではこれまでになく気候危機に対する関心が高まっている。実はこのような動きは1980年代からアメリカで始まっていたのだが、さまざまな理由でその声や活動が薄められてきた経緯がある(詳しくはNathaniel Rich著『Losing Earth: A Recent History』を参照)。しかし今や毎年のように起こっているエクストリームな気象災害を経験して、さすがに避けては通れない問題だと考えるようになったのだろう。
日本はどうだろうか。おそらくみなさんの周辺を見渡しても、地球温暖化や気候変動のことを気にかけている人など、ほとんどいないのではないだろうか。思うに、あたかも外界の情報からシャットアウトされたかのようにこの問題のことを知らない、あるいは無関心な理由は2つあると筆者は考えている。テレビとスマートフォンである。
テレビはどのチャンネルも(NHKですら)朝から晩までバラエティー番組ばかりだ。社会が直面する大問題を真剣に話し合う本格的な報道番組や討論番組など今や一つもない。災害だの気候変動だの不安をそそるような話には耳を貸さなくてよろしい、楽しいことだけ考えて生きよと言わんばかりである。
一方、街中の公園を歩けば老いも若きも「ポケモンGO」に熱中している人々がいる。電車に乗れば1両丸ごと端から端までスマホに目が釘付けの乗客たち。スマートフォンはわれわれを「興味本位の情報」「自分が信じたい情報」の方に無意識に誘導するツールである。紙の新聞のように網羅的に読者の目に訴えかけるツールではない。色とりどりのおいしそうなスイーツ(情報)のなかから、自分の好きなものだけを自由に選んでつまみ食いする。結局、気候変動が世界各地にどんな深刻な事態を引き起こしているのか、将来何が起こり得るのか、関心のない人々にはまったく目に触れることがないのだ。
■会社員(=一般市民)の『意識』が変わることが必要
ところで話を本テーマであるBCPに戻そう。企業がBCPを策定したら、次はBCMの活動を通じて全従業員にその文化を根付かせる。しかしそのためには、まず災害に備える意識を底上げしなくてはならない。
第一に必要なことは(従業員個人が地球温暖化や気候変動といった言葉を意識するかしないかはともかく)、毎年のように発生し、激甚化しやすくなっている今日の自然災害の現実をすべての社員に受け止めてもらうことである。
しかし、BCP策定企業の社員と言えども、一般市民であることに変わりはない。いくら会社に危機管理の専門家がやってきてすばらしい講義をしてくれても、自宅に戻れば危機意識は雲散霧消して忘れてしまう。その意味で「マスメディア」や「教育」が広く浅く、そして長期的に担うべき役割は大きい。
何よりもマスメディアが積極的にこの一歩を踏み出さない限り、無防備な一般市民は今日の台風や豪雨災害を「喉元過ぎれば…」的な一過性の出来事と捉え、教訓や危機意識が根付かない。ことあるごとに「まさか自分たちがこんな目に遭うとは!」のセリフを繰り返すことになるだろう。冒頭で「あまりにのんびりしていて日本は本当に大丈夫か?」と書いた理由はここにある。
ちなみにイギリスの放送大手BBCは、かつて気候変動については懐疑的な立場をとっていたが、今では「気候変動の原因が人間の活動にあること」「人類にとって大きな脅威であること」を事実として受け入れ、支持し、この種の報道や討論番組を積極的に行うようになっている。
また、イタリアの教育省はすべての公立学校の全学年で2020年9月から気候変動と持続可能性に関する授業を年間約33時間義務付けるとの方針を明らかにしたという。「将来の市民は気候上の緊急事態に備える必要があるとも主張した」とCNNニュースは伝えている。
(了)
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