2016/06/14
直言居士-ちょくげんこじ

「実は昔、ヘッドハンティングで転職を誘われたことがあるのですが、その会社の安全文化に対する取り組みに納得がいかなかったためにお断りしました」と快活に話してくれたのはデュポン株式会社代表取締役社長の田中能之氏。「コアバリュー(企業理念)にもある通り、安全文化はデュポンの経営の根幹であり、私たちの誇りです」と胸を張る。
デュポン社は1802年、米国で黒色火薬の製造会社として設立した。危険物質を扱うため、設立当初から「川沿いに工場を建てる」「金属を使わない靴を支給する」「作業着のポケットをなくす」「新しい設備はトップマネジメントがスイッチを入れて安全を確かめる」など、安全に対して積極的な経営を行ってきた。1811年には最初の安全ルールを確立。現在では「農業・栄養&健康分野」「バイオプロセス・ソリューション分野」「高機能製品・素材分野」を中心に世界中で事業を展開する、210年以上の歴史を誇るサイエンスカンパニーだ。
日本では1961年に現在のデュポン株式会社の前身となるデュポンファーイースト日本社が設立。田中氏は1982年に東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程を卒業後、同社に入社した。入社当時からデュポンの安全に対する取り組みに対して「面白いな」と共感していたという。
例えばデュポンでは、全世界において社長以下、従業員全員が、階段では手すりにつかまることがルールになっている。就業中、あるいは就業後に関わらず、会社であろうと駅であろうと、階段ではかならず手すりにつかまらなければならない。さらにユニークなのは、社長であっても手すりにつかまっていないところを社員に見つかれば注意され、注意をした社員には「ありがとう」と感謝をするという。
また、田中氏が入社した当時から、デュポンでは車に乗る場合に後部座席に座る人もシートベルトを着用することを義務付けていた。まだ日本ではドライバーのシートベルト着用のみが義務付けられていた時代だ。田中社長は「日本でシートベルトの法律ができたころには、私は車のどこの座席に座ってもシートベルトをする習慣がついていました。デュポンは社内のルールがその国の法律より上まわっていれば、社内のルールを優先し、その国の法律が上まわっていれば、その国の法律を優先する。常に厳しい方に合わせているんです」と話す。
グローバルで事業を展開しているデュポンは、ルールも世界共通だ。タクシーの話1つとってみても、例えば中国ではシートベルトがないタクシーも多いため、必ずシートベルトを完備しているタクシーを予約しなければならないという。
ほかにもリスクコミュニケーションとして、社内で行うほぼ全ての会議の冒頭で「セーフティコンタクト」と題し、安全に関して気づいたことを話し合う場を設けている。アジア太平洋地域では、年に一度は「リフレッシャーズトレーニング」として、全社員が安全に関する講習を受ける。日本国内はもとより、世界を見渡してもこれだけ「安全文化」が根付いている企業は珍しいだろう。
デュポンには、フェルト・リーダーシップ(Felt Leadership)という独特の言葉がある。これは「リーダーは率先垂範する」という考え方で、安全衛生環境活動においては、役職だけでなく「社員全員がリーダーのつもりでリーダーシップを発揮する」ことが期待される。
田中氏は「社員全員がフェルト・リーダーシップを持ち、安全に関して常に当たり前のものとして取り組んでいる。これがデュポンの安全に関する強み」と話している。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年9月25日号(Vol.51)掲載の記事を、Web記事として再掲したものです。(2016年6月15日)
(了)
- keyword
- 直言居士-ちょくげんこじ
直言居士-ちょくげんこじの他の記事
おすすめ記事
-
-
現場対応を起点に従業員の自主性促すBCP
神戸から京都まで、2府1県で主要都市を結ぶ路線バスを運行する阪急バス。阪神・淡路大震災では、兵庫県芦屋市にある芦屋浜営業所で液状化が発生し、建物や車両も被害を受けた。路面状況が悪化している中、迂回しながら神戸市と西宮市を結ぶ路線を6日後の23日から再開。鉄道網が寸断し、地上輸送を担える交通機関はバスだけだった。それから30年を経て、運転手が自立した対応ができるように努めている。
2025/02/20
-
能登半島地震の対応を振り返る~機能したことは何か、課題はどこにあったのか?~
地震で崩落した山の斜面(2024年1月 穴水町)能登半島地震の発生から1年、被災した自治体では、一連の災害対応の検証作業が始まっている。今回、石川県で災害対応の中核を担った飯田重則危機管理監に、改めて発災当初の判断や組織運営の実態を振り返ってもらった。
2025/02/20
-
-
2度の大震災を乗り越えて生まれた防災文化
「ダンロップ」ブランドでタイヤ製造を手がける住友ゴム工業の本社と神戸工場は、兵庫県南部地震で経験のない揺れに襲われた。勤務中だった150人の従業員は全員無事に避難できたが、神戸工場が閉鎖に追い込まれる壊滅的な被害を受けた。30年の節目にあたる今年1月23日、同社は5年ぶりに阪神・淡路大震災の関連社内イベントを開催。次世代に経験と教訓を伝えた。
2025/02/19
-
阪神・淡路大震災30年「いま」に寄り添う <西宮市>
西宮震災記念碑公園では、犠牲者追悼之碑を前に手を合わせる人たちが続いていた。ときおり吹き付ける風と小雨の合間に青空が顔をのぞかせる寒空であっても、名前の刻まれた銘板を訪ねる人は、途切れることはなかった。
2025/02/19
-
阪神・淡路大震災30年語り継ぐ あの日
阪神・淡路大震災で、神戸市に次ぐ甚大な被害が発生した西宮市。1146人が亡くなり、6386人が負傷。6万棟以上の家屋が倒壊した。現在、兵庫県消防設備保守協会で事務局次長を務める長畑武司氏は、西宮市消防局に務め北夙川消防分署で小隊長として消火活動や救助活動に奔走したひとり。当時の経験と自衛消防組織に求めるものを聞いた。
2025/02/19
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/02/18
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方