2011/11/25
誌面情報 vol28
東日本大震災におけるBCP検証の手法
■立体的フレーム で分析を
東日本大震災の発生から半年以上が過ぎた。すで に、サイバーテロやタイの洪水など、新たな災害が 次々と世間を騒がしている。企業の BCP 担当者か らは、「国や自治体が被害想定を見直すから、それ を待たなければいけない」という声も聞くが、その公表を待ったところで大きな方向性が変わるわけで はない。それよりも、半年前から現在に至るまでに 起こった出来事を振り返り、課題があればその根本 原因を追求し対策を検討すること、いわゆる「検証」を行うことが大切だ。
さて、企業は BCP について何を見直すべきだろう か。各社がおかれた事業環境や対策の進捗状況など によって様々な事項があるだろう。そこで、今回の 震災が企業の危機管理や BCP の考え方にどのような 影響を与えたのか、3つのポイントを挙げてみた。
1点目は、これまで確率論では検討の対象外とし てきた領域のリスクについても考慮が必要になった ということ。マグニチュード 9.0 の地震や原子力発 電所の炉心溶融事故については、確率的には起こら ないと考えられてきたが、実際には起きた。これま での前提条件を見直さなくてはいけない。
2点目は、津波災害と原子力災害といった、これ までに焦点を当ててこなかった新たな被害様相への 対処の必要性に気付かされたということ。特に沿岸 部においては、津波の危険性と人命最優先の原則を 再認識する必要がある。また、原子力災害は専門性 が必要で対処が難しい問題ではあるが、何らかの対 応は検討していく必要があるだろう。
3点目は、単一かつ局所的な災害だけを考えるの ではなく、より広域的な災害や複合的な災害につい ても考える必要があるということだ。広域災害や複 合災害は、絶対的なリソースの不足、エネルギーイ ンフラや国内外サプライチェーンへの影響などをも たらす。このような災害に対しては、企業各社が単 独で取り組むのは技術面やリソース面からも困難だろう。業界内の連携や地域の連携など、広い連携の しくみが必要になってくる。
■まずは反省から
企業は何から始めればよいだろうか。まずは「反省」だ。企業の中には「あそこが弱そうだ」と以前 から思っていたところに今回の震災で実際に被害が 発生したというところも多いのではないか。なぜあ らかじめ対策を打てなかったのか、その反省から入 るべきだろう。危ないことが分かっていたのに放置 せざるを得なかった、その理由を探ることで、次の災害に生かさなければならない。
■BCP の検証のポイント
BCP の検証、見直しの方法について、要点を説明する。
1、問題の所在の明確化
まずは問題の所在を明確にすること。例えば、今 回の震災の課題としてよく耳にするのが「想定外の 状況に対応できなかった」ということ。では何を想定していなかったかというと、 「拠点そのものが被 災した」「インフラがやられて動力確保に苦労し 、 た」「通信障害で安否確認が混乱した」「代替策は 、 用意していたが代替策も機能しなかった」など言い 分によって様々ある。また、計画はあったが、計画 通りには動けなかったという話も聞く。
これら様々な課題に対して、そもそも何が問題だ ったのか。問題の所在を明確にすることからはじめ るべきだろう。
まず、BCP の「前提条件」に問題はなかったか、 被害想定や想定シナリオを固定化して、対応できる 範囲の限定的な検討だけに終始していたのではない か。また、 「検討体制」はどうか。サプライチェーンやステークホルダーを見渡した計画になっていた か、経営層にまで優先業務の考え方が浸透していた か、などを見直す必要もある。
基本方針や優先業務の洗い出しというところまで は来ているものの、それを実効性のある計画として 具現化するだけのノウハウが不足していたという 「BCP 策定技術」の問題もある。逆に、BCP はあ ったが BCM として計画をマネジメントしてこなか った、実現が難しい対策は放置してきた、BCP 検 証のための訓練が実施できていなかった、なども挙 げられる。自社の BCP・BCM の取り組みのどこに 問題があるのか、まずはそれらを確認してもらいた い。
2、検証の方法< AAR >
今回の震災対応をしっかりと整理・記録し、課題 を分析し、教訓を蓄積・共有することも重要だ。
欧米では一般的に、 危機対応後の 「検証」 「AAR を (After Action Review) 」と呼ぶ。AAR では、ま ず実際の危機対応の記録を行い、それをもとに検証 していく。検証では、課題と対策を整理する。次に 同じような危機が起きた時に活用できるような整理 の仕方を意識する。どんなことに悩んだか、苦労し た点は何か、やって良かったことは何か、といった 教訓の伝承も後に役立つことだろう。 検証は、組織全体で行うことが基本だが、各事業所や子会社、従業員からもアンケートを取るなど、 現場レベルの課題や意見をどんどん吸い上げること が重要だ。社内でそれらを共有し、経営層にしっか りと報告してほしい。
課題が整理されれば、各課題への対応策を整理し ていくというのが次のステップになる。課題と対策 の関係というのは実は複合的だ。こういう課題があ るから、こうした対策を打てばいいといった1対1 の関係ではない。1つの課題に対して様々な対策が 紐づく関係にある。
また、当然ながら、この半年や1年間ですべての 課題が解決するわけではない。今すぐには時間的に もコスト的にもできないことは多々あるはずだ。一 過性の対策で終わってしまうことがないよう、今後 どのようなスケジュールで対策を実施していくか、 中長期のアクションプランを立ててほしい。その上 で、課題が解決できたかどうかを訓練等によって常 に検証していくことが求められる。
3、課題分析のフレーム
BCP を検証する際には、その構成要素に着目し、 平時、初動対応、事業継続対応、復旧対応といった、 対応局面ごとに、戦略・戦術、経営資源、対応力が どうだったのかを確認することも有効な方法だ。
戦略・戦術とは、危機対応の方針や手順であり、 具体的には優先業務や目標復旧時間、業務復旧手順 等を定めた BCP 文書そのものを指す。ただ、それ は単なる文書にすぎないため、実際に経営資源が確保されているかどうかを見なくてはいけない。経営 資源としては、ヒト、モノ、カネ、情報などの観点 できっちりと検証することが重要になる。また、今 回特に問題となったのは、BCP は作成されていた がそれを運用する能力がなかったということ。つま り対応力が備わっていたかどうかということだ。
さらに、対応局面ごとに、 「自社内の統制やコン トロールができていたか」、「社会インフラ、サプライチェーン、 市場、 顧客などの管理はできていたか」 といった管理範囲(内部/外部)の区分で見てみる ことも重要だ。 BCP の構成要素をこのような立体的なフレーム で分析することで、抜け落ちなく課題を抽出することができるだろう。
4、抜本的見直し
今回の震災を振り返るのは大事だが、それだけで はなく、本質的に危機管理に何が必要なのかという 観点から抜本的な見直しに向けた取り組みも必要に なる。東日本大震災の課題をもぐらたたきのように 潰しているだけでは、次の新たな災害には対応でき ない。
どのレベルの見直しを行うかは各社の事情によって異なるが、現在のビジネススキームを前提にする のであれば、バリューチェーンの多重化や、拠点の 強化を考えるべきだ。逆に、抜本的に事業所の立地 やバリューチェーンの堅牢性などを見直すというこ とであれば、企業の事業戦略そのものを見直すこと になる。いずれにしても真に守るべき事業と経営資 源を選別し、それを強化するという考え方が重要になる。
BCP の強化を図る上で、平時の生産効率の追求 と災害時の安定供給の確保という二律背反の問題に 直面する。生産効率の追求とは、例えば余剰在庫も 余剰設備も保有しないで、コスト競争力を高めるこ とだ。一方、災害時の安定供給の確保のためには、 平時から生産拠点の分散化や複社購買等によってバリューチェーンの冗長化・分散化を図る必要がある。 企業はこの二律背反の問題に対して基本的な方針を 定めなければならない。
世の中全体としては災害時の安定供給を重視する 方向にシフトしていくだろう。ただし、すべての事 業や経営資源に関して冗長化・分散化を図ることは 現実的ではないため、繰り返しになるが、真に守る べき事業を絞り込むことが必要になる。また、企業 単体での対策というよりは、業界やサプライチェーン全体が連携して、対策を講じていくことが1つの 解決策になるだろう。
冒頭にも述べたように、BCP が想定する危機に ついては、今後は複合災害や破局的災害を意識せざ るを得ない。BCP は様々な災害の種類を念頭にお きつつも、火災やシステム障害、大規模地震、新型 インフルエンザなどのように、対処の方法が異なる いくつかのパターンに合理的に類型化し、その類型 に沿って整備してきたといえる。今回の震災を受け て、新たなパターンを追加する必要が出てきた。
5、検証訓練
今回の震災によって、事前の備えの十分性だけで はなく、災害発生時に実際に機能するかどうかとい う「実効性」や、企業の「回復力(レジリエンス) 」 が重要であることを再認識させられた。 その意味で、 それらを検証するための訓練の重要性については誰 もが感じているところだろう。
意味のある訓練を実施するためには、その準備が 重要で、そもそも訓練に値する計画やマニュアルの 整備から始めることになる。実際に訓練を行う際に は、手順の確認というレベルもあるし、あるいは判 断の訓練といったかなり実践的な訓練もある。
訓練は実施しているが、 実践的な訓練ではないし、改善に結びつかないといった悩みをよく聞く。その 要因は、訓練への取り組み姿勢の問題と、効果的な 訓練を行うノウハウ不足にある。
訓練にあたって重要なことは、①目的の設定、② 行動目標の具体化、③評価項目 ・評価基準の具体化、 ④訓練の評価、分析、⑤改善の実施̶の5点と考え てもらいたい。
何よりも重要なのは目的の設定だ。訓練の種類は いろいろあるが、目的を設定しない訓練は訓練では ない。目的があって、目標があって、それをチェッ クするのが本当の訓練だ。
目的を設定したら、訓練時の個々の活動について 行動目標(あるべき姿)を設定する。目的と行動目 標が設定できれば、訓練時に目標どおりに行動でき たかどうかを確認するための評価基準を設定する。ここで、目的・行動目標・評価基準が一貫性のある 関係になっていることが重要だ。訓練の評価では、 評価基準をもとにその到達度を評価し、そこから課 題を分析する。そして、対策を整理し、実行すると いう流れになる。
①から⑤のポイントを押さえれば、訓練は本当に 意味のあるものに進化するだろう。
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