ワールド ファイアーファイターズ:世界の消防新事情
若手職員の教育と消防のパワーハラスメントについて
士長クラスに若手職員の教育を託してみよう
一般社団法人 日本防災教育訓練センター 代表理事/
一般社団法人 日本国際動物救命救急協会 代表理事
サニー カミヤ
サニー カミヤ
元福岡市消防局レスキュー隊小隊長。元国際緊急援助隊。元ニューヨーク州救急隊員。台風下の博多湾で起きた韓国籍貨物船事故で4名を救助し、内閣総理大臣表彰受賞。人命救助者数は1500名を超える。世田谷区防災士会理事。G4S 警備保障会社 セキュリティーコンサルタント、FCR株式会社 鉄道の人的災害対応顧問、株式会社レスキュープラス 上級災害対策指導官。防災コンサルタント、セミナー、講演会など日本全国で活躍中。特定非営利活動法人ジャパンハート国際緊急救援事業顧問、特定非営利活動法人ピースウィンズ合同レスキューチームアドバイザー。
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今年4月、総務省消防庁は消防本部における具体的なハラスメント等への対応策として、「消防庁ハラスメント等対応策」のページを特設した。大変内容が濃く、すぐに取り組めるように工夫した、直接的な対策を盛り込んだパンフレットなどを作製し、公開している。
■消防庁ハラスメント等対応策(総務省消防庁)
http://www.fdma.go.jp/disaster/harassment_taisaku/
だが、実際に「消防職員の倫理マネージメント研修」として、消防職員のメンタルヘルスと消防組織内におけるパワーハラスメント研修を日本各地の消防本部で講師として行っていると、せっかく、総務省消防庁が作製された上記のリンク先にあるパンフレットを読み、この資料に基づいてパワーハラスメントについての研修を独自に行った消防組織等は少ないことを感じている。
■消防職員のパワーハラスメントについて 今なら間に合う予防と対策
http://www.risktaisaku.com/articles/-/5185
その結果、消防現場や訓練時における安全・迅速・確実な指揮命令を伝えることや訓練時の言動においても、「どのような言動や行動がパワハラに当たるのか」、「業務上必要な指導や教育とは、どのように行われることが適切なのか」など、消防業務におけるパワハラの定義とはどのようなものなのかを判断できず、悩みを持つ幹部が多い。
2018 Firefighter Recruit Academy (出典:Youtube)
消防業務におけるパワハラの定義
まず、一般的な労働基準法における民間のパワハラの定義は厚生労働省により明確に決められている。
■職場のパワーハラスメントについて(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126546.html
厚生労働省のパワハラの定義は下記の通りだ。
「同じ職場で働く者に対し、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景とし業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
消防業務に当てはめると、
「同じ職場で働いている職員、または、委託、臨時、出張職員など全ての人に対し、上司や部下という関係や、その他の人間関係を使って、消防業務において適切であると判断されている【範疇(ライン)】を超えて人に精神的・肉体的ダメージを与える行為」
をパワハラと定義している。それではこの範疇(ライン)とは、具体的にどのようなものなのか?
消防の目的である、国民の生命・身体・財産を守るなど、人の命や人生に大きく関わる職務である以上、消防職員には一定程度の厳しい教育・指導・訓練は必要である。その内容が部下の士気を向上させ、明確な達成目標を定め、指導が具体的であることが大切である。
また、業務内で適切と思われる指導の範疇(例えば危険な行為をした部下に対して上司が叱責し、部下も指摘された内容を納得できるように明確な指導をする等)であればパワハラには入らないとも定義できる。
幹部向けのパワハラ研修中の発表で多いのが、大量退職者時代がほぼ終わり、職員の年代(世代)のバランスが大きく変わったことで、これまで以上に、新入隊員や若手消防職員に対してギャップを感じている幹部や管理職が多く、若手にどう指導すべきか悩むケースが増えてきている。
その中でもっとも多い幹部からの質問は「自分たちが若いときに指導されてきたやり方が、今の若い職員に通用しないことを強く感じる。どうしたら、10代、20代、30代の若手職員に消防業務を教育・指導・訓練できるのか?自分がパワハラの当時者にならないためにも、具体的な良い指導方法が知りたい」という内容。
それに対して、私がいつも口頭で、下記のようにお答えしている。
「新入隊員や若手消防職員たちは、自分たち世代とはまったく違う環境で育ち、価値観も違う。幹部や管理職など、消防業務の教育・指導・訓練を行う立場の職員は自分たちが教わったり体験してきた教育・指導・訓練内容は、そのままでは、通用しないことが多い。そのため考えを更新して工夫し、彼らの思考傾向とプラスに心を動かす対策を認識する必要がある」。
そのためには、消防組織における新入職員や若手消防職員の全体像を把握し、わかりやすい訓練カリキュラムを用いた育成プランなどを標準化し、具体的に準備しておくことが必要だ。
アメリカやオーストラリアでは、幹部職員向けに「消防業務の効果的な教育・指導・訓練方法」を教えるコース時間枠、新入隊員や若手消防職員向けには「消防業務における指揮命令・訓練・教養・情報伝達要領」を学ぶコース時間枠を設けられている。両者に対面式などの実践研修を用いた消防職員教育を実施することが現実的、かつ、有効だと思われる。
また、消防業務に携わる職場全体で、幹部から新入職員や若手消防職員に対して、普段から挨拶がてら、こまめに声をかけるようにしたい。できれば、挨拶の後に最近の自然災害の被害について等を話しかけてみたり、業務関係の会話を通じて、一人ひとりの個性や能力に合った育成をすることが肝要である。
双方のコミュニケーションの前提として、両者のそれぞれが育った環境がまったく異なり、価値観も違うことを管理職は認識すべきだ。お互いに強く違いを意識したり、表現しないことは、会話の自由さを妨げないためにも大切である。
ワークショップの発表でよく挙げられる、最近の新入消防職員や若手消防職員の傾向として以下の点で、年々その傾向は強まっているようだ。
1.学生の延長が続いている
大人の言動を試みているが社会経験値が低いためか、行動や判断、考えが幼く感じてしまう。
2.自分の考えが育っていない。
課題に対して自分の頭で考えず、スマホですぐにネット検索するなど、オンライン上の誰かが作った「正解」を求めるため、自分の考えが育たない。失敗や間違いを回避したいのか、自らは手を挙げて真っ先に課題に対しての発言はしようとせず、他者の意見や考えに賛同するスタンスで構えているため、本来、自ら判断し、自動的に行動しなければならない消防現場活動において、いつも不安を感じている。
3.上司等から注意や叱責されたことに対して敏感に強く反応する
消防の採用は地方公務員試験に通るだけの学業が優秀な職員が多く、その成長の過程で、あまり叱られたことも少なく、叱られることは悪いことをしたからという認識が強い。また、叱られた内容を吟味する前に叱られたという感情のみに反応してしまい、「叱られないためにはどうしたらいいか」と真剣に向かってくる。
4. 基本姿勢が受け身の若手職員が多い。
特に20代の若い世代は手を掛けられて育ってきたため、基本姿勢が受け身であることが多く見受けられる。消防組織で働くことに対する自分の立場は、「自分の所属消防組織は自分にどのような経験を与え、また、将来的にどう成長させてくれるのか?」という期待的考えの若手が大半。合わなかったら、簡単に「辞めます」と本気で応えてしまう。
5.消防現場でも指示待ちが多い。
「指示されたことはできるけれど、それ以上のことはできない」若手職員が多く、小隊長や指揮者に対して、指示や指導をしなかった責任を上司に問うことがある。
上司は、「本来、消防現場においては、一部始終を指示するのではなく、指示されたことの先までを状況予測しながら、自動的に安全・確実に現場活動をやらなければならない」という共通認識を消防現場の常識としているが、若手職員は、それを持っていない場合が多いと感じている。中には、勝手に危険な判断の下に単独行動に出てしまう危険要素を持つ、若手職員もいる。
6.「承認欲求」が非常に強い
優秀な職員であればあるほど、「役割を果たそうとしている自分を認めて欲しいという欲求(承認欲求)」が強い。具体的な役割を与えれば、理解し、納得して、素晴らしい仕事が出来る。
ただ、「承認欲求」が満たされない状態が続くと、強く満たそうとする気持ちが高まり、場合によっては離職、逆パワハラ等の不祥事、現場での事故へと繋がってしまう。
隊員によっては、現場を重ねるほど、助けられなかった時など、感傷的な感情を強くもつ心の部分が強くなり、目的を達成できない場合、大きく落胆したり、自分を責めてしまう傾向にある。これをヒーローズストレスとも呼ぶ。
※「承認欲求 (Esteem)」とは、自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視されるため、この欲求が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。
士長クラスに若手職員の教育を託してみよう
管理職は日々、新入職員や若手消防職員を直接的に見ていられない実情にある。そこでできるだけ、士長クラスの中堅職員に消防OJT研修の手法を身につけさせ、身近なところから、基本的な教育・指導・訓練を託すことが望ましい。
また、士長クラスに育成を任せきりにせず「消防職場全体で家族意識を持ち、新入職員や若手消防職員を育てる」という意識持ち、組織ぐるみで、消防OJTを担当する中堅職員に託して、バックアップを心掛けることが大切だと思う。
さらに管理職は過去の教育・指導・訓練を肯定して、一歩も譲らない態度を緩和することが必要だ。新入職員や若手消防職員がやってみたい消防OJT等を自ら企画させ、その開催日には幹部職員も参加する。新しい訓練手法や育成方法、その訓練カリキュラムに興味を持った経緯や背景など、全体像を把握することで、新入職員や若手消防職員への日々の接し方や、教育・指導・訓練の仕方が自ずと分かってくる。
もちろん、ある程度まで仕組み化するには、時間がかかるだろう。カリキュラムなどを整えるのも大変な作業だ。しかし消防学校の初任課教育から取り入れることで、職場に配属されてからも新入職員や若手消防職員の人材育成やスキルの向上などが自然に行われていくと思う。
来年度は、消防幹部職員向け「消防業務の効果的な教育・指導・訓練方法」を教える研修を、新入隊員や若手消防職員向けには「消防業務における指揮命令・訓練・教養・情報伝達要領」研修を行っていきたい。
(了)
一般社団法人 日本防災教育訓練センター
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info@irescue.jp
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