【シリコンバレー時事】米大統領選を11月に控え、デジタル技術で作られた偽の静止画・動画「ディープフェイク」が、SNS上にまん延している。乱造に拍車を掛けるのが、精巧な画像や音声を作り出す生成AI(人工知能)のサービス拡大。候補者らが印象操作に使うだけでなく、外国勢力も紛れ込んで情報工作を仕掛け、民主主義の基盤である選挙を脅かしている。
 ◇マスク氏も積極拡散
 「私は究極の『多様性』枠。批判する人は性差別・人種差別主義者だ」。共和党候補のトランプ前大統領を支持する実業家イーロン・マスク氏は7月、自身がオーナーのX(旧ツイッター)を通じ、民主党候補のハリス副大統領に似せて作られた音声で語る動画を拡散した。
 Xは誤解を招く合成画像などの共有を規約で禁止。アカウント停止を含む制裁回避は、改変したものだと表示することが条件で、元の動画投稿者も「パロディー」と書き添えていた。ところが、マスク氏は「オーナーは例外」と言わんばかりに動画だけを共有し、偽情報の拡散を続けている。Xで2億人に迫るフォロワーを抱える同氏の発信力は絶大だ。
 トランプ氏も8月、自身が所有するSNSに、人気歌手テイラー・スウィフトさんが自らを支持しているかのように見える偽画像を投稿。スウィフトさんは翌月、「偽情報に対抗するため」として、ハリス氏への支持を表明した。
 ディープフェイク自体は新しい問題ではないが、今年の大統領選では一段と警戒されている。これまで手作業で行われていた画像や音声の作成が生成AIによって手軽になり、文章による指示などで本物と同等か、それ以上に精巧な偽物を瞬時に作れるようになったためだ。
 ◇決め手欠く抑止策
 リアルな偽情報拡散に危機感を強める米政府は、AIの作成物について、そうであることを明確にするとした取り決めを既にIT企業と交わしている。米オープンAIなど生成AI開発企業は、サービスの選挙利用も禁止した。
 州レベルでは、フロリダなど10を超える州が今年、ディープフェイクを含む選挙広告に関し、その旨を明示することを義務化した。カリフォルニア州は州法改正によって規制を強化したが、マスク氏の拡散した動画の作成者がこれを表現の自由侵害だとして提訴。連邦地裁は訴えを認め、改正法の施行を差し止めた。連邦レベルでは法制化に至らないまま大統領選に突入しており、抑止策は決め手を欠いている。
 大統領選を狙った外国勢力からの情報操作も盛んだ。マイクロソフトによると、ロシア系のグループが8~9月、メディアを装ったウェブサイトで、ハリス氏が過去にひき逃げ事件を起こしたと「被害者」が告発する偽動画を拡散。イラン系のグループが立ち上げたニュースサイトは、トランプ氏に対する中傷や批判を展開した。
 あふれる偽情報は候補者への疑念をあおり、選挙システムへの信頼も低下させる。外国勢力の暗躍も見えづらくなり、米国の安全保障をじわじわとむしばんでいる。 
〔写真説明〕実業家でX(旧ツイッター)オーナーのイーロン・マスク氏(右)とトランプ前米大統領=5日、東部ペンシルベニア州バトラー(AFP時事)

(ニュース提供元:時事通信社)