2023年1月号『BCPリーダーズ』の特集「専門家と考える2023年のリスク対策」では、2022年の振り返り事象として、「イーロン・マスク氏によるテレワーク終了宣言」を取り上げました。「テレワークを希望する人は、最低でも週40時間、オフィスにいるか、あるいはTeslaを去るか、しなければならない」という、時代の流れに逆行するようなマスク氏の発言が他企業の今後に向けたテレワーク方針にどのように影響するのか、興味があったからです。

その後も米国の一部の有名企業がテレワークを縮小する方針を公表し、度々話題となっています。例えば、2022年8月には、米国Apple社が社員に週3日の出社を義務付ける方針を発表しました。この折は1000人以上の現役社員や元社員が一団となって経営陣に対して公開書簡で異義を唱えたことや、機械学習の第一人者として知られているイアン・グッドフェロー氏が出社命令を受けて同社を退職したことが話題となりました。2023年になってからも、ディズニー社がハイブリッド勤務で働く社員に対して週4日の出社を義務付け、スターバックス社では通勤圏内に住む社員に対して週3日の出社を義務付けるなど、テレワーク先進国である米国において社員をオフィスに戻す動きがある旨の報道が続いています。

一方、全米産業審議会が2022年11月から12月にかけて行った調査では、今後のテレワーク計画について、テレワークを減らす予定であると回答したCEOの割合は、わずか3%となっており、反対に拡大する予定であると回答したCEOの割合は5%でした。この調査結果からも、テレワークを縮小する動きは、必ずしも米国企業全般において見られる傾向とは言えないことがわかります。

コロナ禍が長引く中で、社会経済活動のあり方だけでなく、人々の働き方や暮らし方も大きく変化しています。コロナ禍でテレワークを実施した人の中には、「もう元の生活には戻りたくない」という人が少なくありません。日本でも、緊急事態宣言解除後、企業が社員に対して通常勤務への復帰を命じたところ、テレワークができる企業に転職してしまったというケースを耳にすることが多くなっています。

こうした変化を踏まえて、最近では、テレワークを前提として、社員が全国どこでも自由に居住できる制度を導入する企業が増えています。転勤や単身赴任を廃止し、交通手段の制限をなくして、出社に係る交通費を非課税限度額の範囲内で企業が負担することにより、既存社員の定着率向上のみならず、全国に居住する優秀な人材の採用につながることが期待されています。大企業に比べて人材の採用が難しい中小企業においても、テレワークを活用して従業員が働きやすい環境を整えることで、人材の採用・確保につなげようとする傾向が見られます。

テレワークを終了して社員をオフィスに戻すことを検討している企業では、その理由として、コミュニケーション不足による生産性低下やメンタルヘルス不調者の増加などを挙げることが少なくありません。しかし、本当に、テレワークを終了すればこれらの問題を解決できるのでしょうか。テレワークは、従前から企業が抱えてきた労務管理上の課題を改めて浮き彫りにしたに過ぎないのではないでしょうか。