山の極端な気候は夏であってもさまざまな注意が必要(写真:写真AC)

■口が回らなくなったら要注意

ある昼休み、会社の山の先輩ヒデさんとハルトは、喫茶店に立ち寄って山での体調管理の話に興じていました。ヒデさんは次のようなことを語り始めました。

「9月下旬の午後だったと思う。僕らは八ヶ岳の赤岳を目指して登っていた。冷たい秋風が吹いていたけど、それに負けないくらい西日も強く射してね。なるべく汗をかくまいとTシャツで登っていたんだが、だんだんと腕が冷たくむくんだように感覚がなくなってきて指先もピリピリしびれてきた」

「稜線の山小屋が見えてくると、後ろを歩いていたパートナーが、先に行って宿泊の手続きをすませてくれないかと言う。僕はうなずいて山小屋へ急ごうとしたんだが、足が上がらずもたついた。やっとのことで小屋にたどり着いて玄関の戸を開けると小屋のスタッフが出てきたので、今晩予約した者です、と言おうとしたんだが…」と意味ありげに言葉を区切ってから話を続けます。

「口が回らないのだよ。頭ではまともなことを言おうとしているのに、もごもごして何言ってるのかまるで分からない。小屋のスタッフさんはぽかんと口を開けて見ているだけだったよ。ははは」

冬でなくても低体温症のリスクが(写真:写真AC)

体温が下がると寒気や震え、手の細かい動きができない、35℃未満では口ごもったり震えがひどくなるといった症状が出ると言います。スポーツ医学で低体温症と呼ばれている症状です。どうやらヒデさんが陥ったのもこれのようです。

■思わぬ症状から始まる熱中症の予兆

「そう言えば山小屋で同宿した人からこんな体験談を聞きました。夏山の話なんですけど」。今度はハルトが話す番です。

「その人は真夏の中央アルプスを縦走していたそうです。日差しを遮るものはない快晴で、風もなかったものだから、陽が高くなるにつれて気温がぐんぐん上がり、全身汗だく。出発する際に補給した大型水筒の水も予備に持参したペットボトルの水も、昼前には底をつく寸前だった。これはたいへんだ、早く水場を探さなくちゃと考えていたとき、急に額や脇の下から冷汗のようなイヤな汗が流れているのに気づいたそうです」

もちろん熱中症のリスクも(写真:写真AC)

「暑さで出るサラッとした汗じゃない。あんまり暑いから体調が狂ってしまったのかなと思っていると、今度はふくらはぎがつって、次いで体のあちこちの筋肉がけいれんし始め、いったい自分の体はどうなってしまったんだと不気味に思ったそうです」

「やっとの思いで目的の山小屋にたどり着くと、たまたまそこにいた登山客の一人が医師で、その人のおかげで何とか事なきを得たようです。天の助けとはあのことだと感心していました」

「で、体調が狂った原因はなんだったの? 単なる水不足?」とヒデさんは尋ねました。

「その医師の言葉は"熱中症にかかったみたいですね"だったそうです。熱中症はめまいがしたり、意識がもうろうとする状態のことだとばかり思っていたけど、違うんですねえ」