■お遍路氏はとつぜんヒデさんに問いかけた
ハルトと会社の山の先輩ヒデさんは、新しい技術動向を探るために、朝から展示会場めぐりをしていました。さすがに昼近くになると、2人とも顔に少し疲れが見えはじめていました。「ちょっとラウンジで休憩するか」とヒデさん。2人はコーヒーを手元に置くと、気分転換に山の話を始めました。
「昨年の10月下旬だったが、僕は久々の有給休暇をもぎとって四国の石鎚山に登ってきたよ。で、ただの山登りの話ならハルトくんも退屈だろうけど、少しユニークな登山者と出会ったんだ」
「どんな人ですか?」
「うん、ひとことで言えばお遍路さんだ。70代ぐらいの白鬚の老人で、遍路笠に白衣を着て金剛杖を突いているところは普通のお遍路さんなんだが、その他は登山装備だ。つまり登山靴にリュック。ユニークというのはその出で立ちのことではないんだな、これが」
ハルトは続きの言葉を待ちます。「石鎚山頂の社の近くに腰掛けて、絶景を愛でながらそのお遍路さんと『すばらしい紅葉ですね』などと話していたんだが、どういう拍子か山の危機管理に話題が移ってね。『あなた、プライオリティを意識したことはありますか?』と聞いてきた」
「山では差し迫った事態に直面したとき、プライオリティ(優先順位)を意識しないわけにはいきません。先にやること、後回しでよいことの順番を意識しないと、判断や行動に一貫性がなく場当たり的になってしまう。筋道よりも感情に支配される。時間や労力のムダも生じます。下手をすると命の危険にさらされ、手遅れになる可能性も出てきます。いいことなしです」と、お遍路氏は得々と説きます。
■シンプルな登山にも盲点がある
ヒデさんは答えました。「正直、登山なんて登って降りてくるだけで、これほどシンプルな趣味もしくはスポーツはありません。僕などはプライオリティなんてあまり考えたことないなあ。仕事中にいろいろな問題が生じた時は必要と思うかもしれませんけど。しかし…登山中は惰性で行動していることが多いですが、天候の急変、転倒・滑落によるけが、道迷い、病気など、予想外の事態に直面すれば、まったく意中になかった判断と行動を迫られるのは確かでしょうね」
お遍路氏は『そうでしょうな」といった顔つきで、「あなたが山道で正しいコースを歩いているのかどうか自身が持てなくなり、ちょっと不安がよぎったとしましょう。このとき正しいコースか否かの確信を得るためにどんな順序で何をすればよいだろうか?」
ヒデさんが答えに窮していると、お遍路氏は自らの答えを披露しました。
「まず考えられるのはいったん立ち止まること。気持ちに焦りがあるとやたら先を急ぎたくなるものですが、それをこらえる。次に地図を取り出して今どのあたりにいるのかを推測する。そして、地図と周囲の地形の様子、地図上の目的地までのコースタイムと実際にかかった時間とのギャップなどを照らし合わせる。そしてすばやく記憶を反すうし、ここに至るまでの見覚えのある地点を何カ所か思い出し、それが地図上のどのあたりだったのか見当をつける…山でのプライオリティとはこんな感じでしょう」
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