■その若者が手にしていたもの
新緑に萌える山にやって来たハルトは「Y山頂まで1時間」の標識を確認すると、傍の木の切り株に腰を下ろし、コーヒータイムを楽しんでいました。すると突然、近くのヤブがザワザワと揺れたのです。
クマか!? ハルトはドキッとしましたが、顔をのぞかせたのは額に大粒の汗をかき、顔を紅潮させた学生風の若者(P君としましょう)でした。彼はヤブから出てくるなり「ここ、どこですかね?」と尋ねました。
現在地点を答えると、P君が矢継ぎ早に質問を浴びせ始めたのには参ってしまいました。「山頂までどのくらい時間がかかる?」「近くに水場は?」「ここから下山するとどこへ出る?」「向こうに見える町並みはどこの街?」等など。
ハルトは心の中で(自分の登山地図で確かめればいいじゃないか)と思いましたが、それを言葉にする間もなく、P君がウエストポーチから取り出したのはスマートフォンです。
「この中に登山地図アプリを入れていたので安心していたんですよ。ところが最近スマホのバッテリーの消耗が激しくて、ひとまず機内モードにはしていたんだけど、案の定、途中でバッテリー切れを起こして地図が見られなくなってしまったんです。おかげでこの1時間ほど山中をさまよう羽目になってしまいました。どうしようもないな、このスマホ!」
どうやらP君は道迷いの原因がスマホにあると見たようです。
■P君の超合理的登山テクニック
ハルトは少し時間に余裕があったので、P君にコーヒーをつくってあげながら、もうしばらく話をすることにしました。彼は紙の登山地図を持っていないようだが、スマホ一つでどんな登山ができるというのだろうか、と興味が湧いたからです。
P君の登山歴はハルトとほぼ同じですが、一般ルートを標準的なコースタイムで歩くだけでは飽き足らないらしく、最近は一般ルートを通常よりも早く駆け抜けたり、バリエーションルート(難路)をたどる記録が増えてきたと言います。
「なかなかのツワモノだね。スマホの地図アプリだけでどんなふうに登山するんだい?」
P君は自慢げに言います。「登山地図を事前にスマホにダウンロードしておけば、山中のような圏外でも地図が見れます。あとはこれにGPSの位置情報を重ねて確認するだけです。コースを外れるとすぐに分かるから、僕みたいにバリエーションルートを探索する際にも道に迷う心配がありません。僕が迷った原因はあくまでバッテリー切れですからね、念のため。この地図アプリを見れば、面倒な読図のテクニックを覚えなくても、自分がどこにいるのかが瞬時に分かります。カーナビ感覚で使えますよ」
ハルトは分かったようで分からないような気分でしたが、総じて紙の登山地図を持たずにスマホ1つで済ませようとするP君の態度には、何となくリスキーなものを感じました。
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