■たまにはパーティ登山で勉強を…
ハルトは、自分の登山の知識やスキルは本物なんだろうかと思うことがあります。なにしろ登山を始めたきっかけの一つがJRの鉄道ポスターの背景に映っていた八ヶ岳の雄姿に一目ぼれしたからだし、登山の装備も地図の読み方も歩き方も、多くは独学でマスターしたものです。「たまにはパーティ登山に参加してみようかな。他の登山者たちから何か学ぶことがあるかもしれない」
さっそく彼は、SNSを通じて参加を呼びかけている登山コミュニティに申し込むことにしました。この登山コミュニティ、スポットの参加もOKで会員になる義務はありません。いわば山好きな人たちがパッと集まってパッと山登りを楽しむ、いわば"にわかパーティ登山"です。しがらみが苦手なハルトも、これなら心置きなく参加できます。
申し込んでからは矢継ぎ早に事務局の担当者とメールでやり取りし、3週間後の日曜日にみんなで山へ行くことになりました。駅に集合したメンバーは10人はいるでしょうか。若い元気はつらつの登山女子たちもいれば、50代~70代人生の先輩たちも混じっています。真新しいカラフルなウェアを身に付けたリーダーはハルトよりもずっと若く、学生のように見えたのは意外でした。
全員そろったところでお互いに自己紹介し、マイクロバスに乗り込んでいざ出発です。目指すは奥秩父でもっともポピュラーな大菩薩嶺。休日は家族向けのやさしいコースが混むため、今回は少し手ごたえはありますが、人の少ない静かなコースが選ばれました。
■なかなか時間にシビアなリーダーなのだ
登山道に入ってからは、仲間とおしゃべりをしながら歩く人、歩きながらデジカメのシャッターを押すのに余念のない人など、思い思いにエンジョイしているようです。リーダーは先頭を切って力強く歩きながらも、時々立ち止まって後ろを振り返ります。
さすがはリーダー、しっかりとみんなの安全を確かめながら登っているんだなと感心していると、年配の女性たちの一人が、少し皮肉っぽいことを言い出しました。
「Tさん(リーダーの名前)、このコース、人を選ぶわね。もう少し楽に歩けるのかと思っていたんだけど」。Tさんはすかさず返事を返します。「すみませーん! ちょっとキツかったかな。あと20分ほどで頂上ですから、どうかもうしばらく辛抱してください」。Tさんはいたって低姿勢でしたが、ズンズン歩く足取りは変わりません。リーダーは時間にシビアな人のようです。
しばらくすると、最後尾を歩いていたと思っていたハルトのずっと後ろに、いつの間か70代のメンバーの一人がいるのに気づきました。少しよろめきながら、ハアハアゼーゼーと苦しそうです。心配したハルトは「少し待ってもらうようにリーダーに言いましょうか?」と声をかけました。おじいさんは額に玉のような汗をかきながら、手を左右に振って「いやいや、大丈夫。他の人に迷惑がかかるといかんし。心配してくれてありがとうね」とハルトの申し出を断りました。
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