MBSは2016年1月2日、サウジアラビア国内のシーア派指導者ニムル師(Nimr al-Nimr)がサウジアラビア国内で処刑されたことに反発したイラン市民よる駐イラン・サウジアラビア大使館襲撃事件に関し、翌日(1月3日)、イランとの断交を決定したが、この決定を主導したのはMBSとされる。また、MBSは①のカタール断交についても主導したとされており、MBSはシーア派の盟主であるイランに対する強硬な姿勢を貫いている。この背景には、下記のような要因があるとされる。

MBSは2016 年4 月25 日、サウジの今後の社会改革をまとめた「ビジョン2030」を発表した。この「ビジョン2030」は石油に依存した国家のあり方を変えるというもので、補助金を削減して国民全体に広く負担を求め、国営石油会社アラムコ社の株式の一部を株式市場に上場して得た資金を基に兆ドル規模の投資ファンドを設け、その資金で民間部門を肥育し、経済の門戸開放を進めて石油外収入を3 倍強にして財政収支均衡を図るという計画である。また、石油だけに依存しない経済財政運営の実現を目指し、女性の雇用拡大、観光業、エンターテイメント産業の振興等、極めて大胆に社会変革にも踏み込んでいる点で、サウジ社会全体に与えた影響は甚大で、王族の中からも大きな不満等が噴出したとも言われている。

このような改革を推進する上で、国内の不満の目を逸らし、イランに向けることが必要との認識があったとされている。また、③のサウジアラビア国内での王族等の拘束事件も発生しているが、この事件は王族を含む閣僚等、約200人が汚職容疑で拘束され、そのほとんどが財産放棄等の条件で釈放されたという事件である。この拘束の目的としては、汚職対策の他、MBSのサウジアラビア国内での求心力を高める目的であったともされている。
 

 

5.  米国の親イスラエル寄りの中東政策(=イスラエルの強硬政策)

米国はイスラエルの独立(1948年5月14日)以降、一貫してイスラエルに対し、寛容な姿勢、政策で臨んでいる。1995年10月には、エルサレム大使館法(Jerusalem Embassy Act)が米上下両院で可決され、イスラエルの首都をエルサレムとし、遅くとも1999年5月末までに、駐イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転することが規定された。

しかしながら、1993年8月に交わされたオスロ合意においても、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の問題及びエルサレムの帰属問題等の重要事項はパレスチナ自治政府の暫定自治の開始から3年以内に解決することが盛り込まれていることから、1999年5月以降も歴代大統領は安全保障上の問題を理由に6ヶ月ごとに移転についての拒否権を発動していた。しかしながら、トランプ大統領はこの拒否権を発動せずに、⑤のエルサレム首都宣言及び⑩の駐イスラエル米国大使館のエルサレム移転を強行した。

このトランプ大統領の親イスラエル的な姿勢、政策については、様々な要因が指摘されているが、最も大きな要因は、2016年の大統領選挙で公約としていたことが挙げられる。また、今年11月の中間選挙を前に、公約実現の実行力を前面に押し出し、ユダヤ教に好意的な米国内のキリスト教保守派の支持を拡大させたいとの意図も見ることができる。

また、イスラエルが中東地域において、最大の脅威としているイランについては、トランプ政権はイスラエルの主張をほぼ全面的に受け入れており、そのことが、⑧のイラン核合意からの離脱宣言、その後の⑨のシリア国内からイスラエル国内へのミサイル攻撃につながっていると言える。更に、イスラエルのネタニエフ(Benjamin Netanyahu)政権は、このような米国の支持を背景に、対イラン強硬策を拡大しており、この地域の地政学リスクを拡大させている状況である。
 

6.    まとめ

冒頭で述べた通り、中東地域は歴史的、宗教的、民族的に複雑な状況にあり、そこに大国の思惑も絡み、更に複雑怪奇な状況となっており、その傾向は近年全く変わっていない。これに上記3つのポイントが加わったことにより、更に複雑化する可能性が高い。

これらのポイントは、短期的に収束する可能性は極めて小さい状況である。特に、シーア派対スンニー派の宗派対立は、現状においては長期化する可能性が非常に高い。また、サウジアラビア国内の改革問題は、どのように今後進展するか未知数であるが、MBSの政権基盤が徐々に強固になっている現状では、大きく後退する可能性は低い。

 更に、トランプ政権については、公約の実行を優先していることから、今年11月の中間選挙、更には、3年後の大統領選での再選の可能性も高まっていることは、中東全体の問題解決を遅らせ、流動性を今後も高める可能性が高いと言える。

このトランプ政権の親イスラエル寄りの政策、姿勢は今後も続くことは、対イランにおける強硬姿勢もさることながら、場合によっては、対アラブ問題でも大きな影響を与える可能性も高いことは危惧される。特に、⑤のエルサレム首都宣言及び⑩の駐イスラエル米国大使館のエルサレム移転は、イスラム社会全体に大きな衝撃を与えており、米国に対する批判は増大している状況であり、サウジアラビアなど中東大国の反米的な姿勢、政策を助長することも想定される。一部ではトランプ政権が「パンドラの箱を開けた」との報道もされている。いずれにしても、中東地域の地政学リスクは昨今、急速に拡大しており、「世界の火薬庫となった」と表現する専門家もいる程である。中東地域が第一次世界大戦直前のバルカン半島にならないことを祈りたい。(了)