<安政の大地震展>にみる日本災害列島の今昔
東洋文庫、古事記から江戸時代までを振り返る
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2018/05/28
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
昨年(2017年)、東京・文京区の東洋文庫(ミュージアム)で開催された「ナマズが暴れた!? 安政の大地震展」を興味深く拝見し、同時に古文書や史料類のみごとな同文庫の収集力に感心させられた。時宜を得た好企画であった。その際、会場で入手した「安政の大地震展 大災害の過去・現在・未来」(冊子)には教えられることが多かった。わずか28ページの同冊子ながら、古来より日本列島を襲った自然災害(主に大地震)と、それに対する支配者や庶民の叫び・恐れ・祟(たた)り・祈り・救いが浮き彫りにされている。以下、主要な文献などを紹介するが、冊子中のコメントもユニーク(時にユーモラス)であり、そのまま拝借させていただく(以下、同冊子から原文のママ引用する)。
〇「古事記」太朝臣安萬侶(おおのあそんやすまろ)、712年成立(1644年刊、3冊)。
<神様、どうかお鎮まりください>
「古事記」は日本で最も古い歴史書です。(中略)。本書には様々な神が登場し、災害との関連をうかがわせる描写がいくつも見出せます。たとえば、アマテラス(天照大御神)の弟であるスサノヲ(建速須佐之男命)が駆けると「山川がことごとく動き、国中がゆれた」という記述がありますが、これは神の行動が自然の動きに大きく関わっていることを示しています。また崇神天皇の時代に伝染病で多くの死者が出たとき、大物主大神が「私を祀(まつ)れば祟り(病)はおさまる」と夢の中で天皇に伝えたという記述も見られます。これらの記述をみると、古代の人々がどうすることもできない大きな災いを神様と関連付けて理解していたことがわかります。
〇「日本書紀」(舎人親王ほか編、720年成立、1610年刊、30巻7冊)。
<天災は俺のせいではない>
「日本書紀」は日本最古の正史です。允恭(いんきょう)天皇年間(416年頃)に起こったとされる「地震」の記述が、日本の史料上最古の記録といえます。神代の時代から持統天皇」(在位:690~697)までの時代について記す本書には、他にも推古7(599)年に起きた奈良周辺の地震、天武7(678)年の筑紫地方(福岡)での地震、天武13(684)年の「白鳳地震」についての記録があります。「白鳳地震」は記録上初の巨大地震で九州・四国・中国・畿内(大坂・奈良・京都・兵庫など)の広域を地震と津波が襲いました。
天地の乱れは君主の不徳によると考えられていたこの時代に、独裁的な君主として君臨した天武天皇年間に2度の大地震が起きています。統治機構や宗教の整備が積極的に行われ、白鳳文化が花開くこの時代をつくった天武天皇は、天災に負けない国造りを志したのかも知れません。
〇「方丈記」(鴨長明、1212年成立、1596~1614年頃刊、1冊)
<まさに修羅の国>
「ゆく川の流れは絶えずして…」という冒頭の文を暗記した人は多いでしょう。「方丈記」は鎌倉時代(1185~1333)、鴨長明によって書かれた随筆です。(中略)。京都を次々に襲った災害について記してあります。1177年の大火、1180年の竜巻、翌年には飢饉、それに次ぐ疫病、そして1185年に起きた地震(文治地震)について、長明自身の体験をリアルに記しています。その様は、まさにこの世の終わりという様相です。
平安時代から鎌倉時代への移行期は、政権の腐敗と武士の台頭による混乱だけでなく、このような災害も重なっていたのです。著者自身は「姿は僧になったけれど頭は俗世のことばかり考えているよ」と語っています。当時の「無常観」を強く感じさせられます。
〇「夷伐(いばつ)神風の図」(蒙古襲来図、歌川国周〈くにちか〉、19世紀後半刊、3枚続)。
<そのとき戦局を変えたのは・・・神風?>
鎌倉時代、モンゴル帝国(元)と高麗の連合軍が日本に襲来しました。1274年(文永の役)と1281年(弘安の役)、2回の襲来を合わせて「元寇」といいます。しかしいずれの遠征も失敗に終わりました。文永の役では、元軍は対馬、壱岐に侵攻した後に博多に上陸して猛威を振るいましたが、暴風雨によって大きな被害を受けて撤退したとされています。それから7年後の弘安の役では、日本の武士の奮闘により元軍の九州上陸は阻止されました。そのうえ伝染病や食糧不足などで疲弊していた元軍を再び暴風雨が襲い、完全に撤退せざるを得なくなりました。暴風が2度も元軍艦隊に大ダメージを与えたという言説は、国の危機を救う「神風」のイメージとともに語り継がれました。しかし、この言説に対して、「文永の役のとき、暴風雨は起きていなかった」、「暴風雨はいずれの戦況にも直接的な影響は与えていない」などの見解も出ています。
〇「太平記(円観ほか著、14世紀後半成立、1603年刊、40巻)。
<天地の乱れは世の乱れ>
「太平記」は日本の南北朝時代を中心に、鎌倉幕府の終焉から室町幕府初期までの約50年間を書いた軍記物語です。この約50年の間に、静岡から四国にかけて地震が頻発しています。いわゆる南海トラフ地震が起きたのです。「太平記」は物語なので、記述をそのまま鵜呑みにはできませんが、1331年に紀州(和歌山)と駿河(静岡)で地震があり、富士の絶頂が崩れたとする記述や1361年の地震では阿波の湊(徳島)が津波で壊滅した言う記述もあります。この1361年の地震は特に巨大だったようで、「正平地震」とも「康安地震」とも言われています。なぜ2つ名前があるかというと、王朝が南北に分かれていたので、2つの元号(「正平(南朝)」と「康安(北朝)」があったからです。1361年の地震は南朝の経済基盤の一つであった瀬戸内海の海賊や和歌山の水軍に大打撃を与えました。この地震が、既に劣勢に立たされていた南朝にさらなる痛手を与えたことは想像に難くありません。
〇「日本教会史」(ジャン・クラッセ、1689年刊、1冊)。
<宣教師も震えた?天正の大地震>
イエズス会の宣教師は戦国時代の日本に関する多くの記録を残していますが、なかでも有名なのがフロイス(1532~1597)です。1549年のザビエルによる布教開始から、フロイス自身が布教活動に従事した1590年までの日本におけるキリスト教の展開について、当時の政治や社会に詳しく言及した著書「日本史」は同時代史料として重要な価値を有しています。フランスのイエズス会士クラッセによる本書は、フロイス「日本史」をはじめ、数多くの布教報告書をまとめ上げた日本のキリスト教に関する本格的通史です。
天正の大地震は1586年、近畿地方から中部地方にかけて起こった連続地震です。その規模については諸説がありますが、マグニチュード6.6から8.1であったと推定されています。イエズス会士の報告によると、地震の揺れは堺から京都にかけて40日間も続き、幾多の民家が崩壊し、美濃の大垣城は全壊したとされます。また若狭湾岸のある町は津波にさらされ、完全に廃墟と化したとの記述もみられます。
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