気象災害が迫るような時に発表される予報といえば、「多いところで200ミリの雨」や「最大風速は35メートル」といった大気中の現象を予測するタイプの情報です。しかし、こうした予報は「旧来の予報」と呼ばれていることをご存知ですか? 今回の記事では「新しい予報」と考えられているインパクト予報について前半で解説します。また、インパクト予報のコンセプトは従業員に向けて注意喚起を行う際などにも応用できるため、後半ではその点についても触れていきます。
インパクト予報とは?
インパクト予報(Impact forecastやImpact-based forecast)とは、世界気象機関(WMO)がガイドラインを2015年に定め、各国の気象機関に導入を呼びかけている予報のあり方です。冒頭で挙げたような「200ミリの雨」や「風速35メートル」といった予報は分かりづらく、人々にとって使いづらいものとなっているとの自己反省を背景にして生み出されました。
旧来の予報とインパクト予報の違いについてWMOは端的に説明していますので下に引用しました。英文の中のwill beとwill doに注目してください。ここが核心部分です。
・旧来の予報:「天気がどうなるか」(what the weather will be)に関する予報
・インパクト予報:「天気が何をするか」(what the weather will do)に関する予報
「天気が何をするか」とは、どういった影響や被害が見込まれるかということです。具体例があるとイメージしやすいので、アメリカのハリケーン・カトリーナ(2005年)の際に地元の気象当局から発表された予報をご紹介したいと思います。カトリーナ時の予報はWMOがインパクト予報を推進し始める10年前に出されたものですが、影響そのものを予測し、メッセージとして発出した例として秀逸であるため取り上げました。
ハリケーン・カトリーナの際に出されたインパクト予報
次の図の左側はハリケーン・カトリーナの際に地元気象当局から発表された予報の原文、右側はその要点を筆者がまとめたものです。予報文では、カトリーナによって家に住めなくなること、家屋や建物の構造や窓に大きな被害が出ること、電気や水が使えなくなること、人・ペット・家畜などが飛ばされた物に当たり死亡する可能性があることなどがダイレクトに伝えられました。
このカトリーナの予報について、もう少し詳しく見てみましょう。主要部分を訳したものが次のものです。一読いただくと分かりますが、情報量が多くかなり具体的です。
【カトリーナの予報文の中で言及されたこと】
・破壊的なダメージが予測されている。
・台風によって影響を受けるほとんどの地域はこの先何週間も居住が不可能になる見込み。
・居住不能な期間は長引く可能性もある。
・頑丈に作られた家のうち、少なくとも半数程度は屋根や壁に被害が見込まれる。
・切り妻造りの屋根は全て被害を受け、そうした屋根を持つ家々は深刻なダメージを負うか破壊される。
・産業用途の建物の多くはその機能を果たせなくなる見込み。壁や屋根が部分的もしくは全体的に損傷を受けることが予測される。
・木造の低層アパートの建物は全て破壊される。コンクリートの低層アパートは壁や屋根などの損傷といったような深刻な被害は免れる見込み。
・高層のオフィスやマンションは暴風による危険なほどの揺れが見込まれる。そうした建物のうち少数は建物が崩壊するに至る可能性もある。全ての窓は風によって破壊される。
・暴風によって様々な物体が至るところで空を舞う可能性がある。中には重いものも含まれる可能性があり、例えば家庭用の器具や軽量の車両も含まれうる。
・吹き飛ばされた物によってさらなる被害が見込まれる。人やペットの他、暴風の影響を受けるところにさらされた家畜などに飛来物がぶつかった場合は死を招く可能性もある。
・送電用の鉄塔のほとんどが破壊され、変圧施設も損害を受けるため、停電の状態は何週間か続く見込み。
・水不足は現代の生活水準からすると途方もないほどの苦しみを人々にもたらしうる。
・自然に生えている木々の大多数は折れるか根こそぎ倒れる見込み。一部の旺盛な木のみがそのまま残るが枯れることとなる。
・ダメージを受けない作物はほとんどない。暴風にさらされた状態に置かれた家畜は死亡する。
この予報は、住民への避難の呼びかけでも取り入れられたと言われています。また、カトリーナがもたらしうる影響や被害への備えを住民に促すため、危機管理の責任者や自治体の職員、メディアなどでも使われたとの記録が残っています。
アメリカでもカトリーナ以前にはこうしたタイプの情報提供は行われていませんでした。カトリーナの予報文は優良事例として評価され、それ以降、ハリケーンで高潮被害が見込まれる時などにはインパクトに言及する予報が出されるようになっています。
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