2016/11/29
事例から学ぶ
家庭用・産業用・医療用ガスの製造と関連サービスを提供する北良株式会社(岩手県北上市)は、同社で製造するLPガスを、車両燃料や工場の非常用発電機の燃料に活用することで、災害時にエネルギーが不足しても事業を継続できる。
編集部注:この記事は「リスク対策.com」本誌2016年1月25日号(Vol.53)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年11月29日)
「ほくりょうガスセンター」と書かれた白くて大きな円筒形のLPガスタンクが2基、同社の敷地中央に横たわるように設置されている。タンクには1基50トン、100トンのLPガスが計充填されている。工場に入れば、至る所に、酸素や窒素、炭酸などのさまざまなガスボンベが置かれている。一般住宅に設置するもの、医療機関で使うもの、携帯用の小型酸素ボンベ、産業用で使う大型のボンベなど、色や大きさもさまざまだ。
北良は、岩手県北上市を拠点に、家庭用、産業用、医療用の幅広いガスの製造・輸送・販売と設備工事・保守管理までを総合的にサポートする地域密着のガス・サプライヤーだ。これらのガスを配送するため、同社の駐車場には、タンクローリー、中型のトラック、営業用の普通自動車、ワゴン車、軽自動車など数多くの車両が並んでいる。
同社が所有する車両は合計38台。一見、普通の車両に見えるが、約6割の車両がガソリンを必要としない。
LPガスだけで動く車両が7台、ガソリンとLPガスを併用できるバイフューエル車が11台、そして軽油車両が5台ある。東日本大震災ではガソリンの入手が困難になりながらも、LPガスを燃料とする車両を所有していたことで、社員が乗り合いで出勤し、事業を継続した。こうした経験から、震災後はガソリンに依存しない車両の導入に力を入れてきた。
無給油の長距離を走行できるバイフューエル車
バイフューエル車とは、あまり聞き慣れない言葉だが、ガソリン車をベースにLPガスも併用できるように改造された、2種類(バイ)の燃料(フューエル)を使い分けて走行する車両のことだ。ガソリンとLPガスの2つの給油口があり、どちらの燃料でも走ることができる。
車種にもよるが、ガソリンタンクやトランクルームの大きさは変更せず、通常の使用感は改造前と変わらない。車両の底面など、空きスペースにLPガスのタンクを設けるため、車両に積載する燃料の量は増え、航続距離が大幅に伸びる。この改造は、国土交通省の認定を受けた規格に基づいて行われ、耐久性もあることから都内のタクシー会社などでも採用されている。ガソリンに比べ、LPガスの値段は約2分の1と安価なため、40~65万円とされる改造費をかけても、走行距離が長ければ、平時から経済的なメリットを期待できる。何より、震災などでガソリンの調達が困難な状況に陥っても、災害に強いとされるLPガスで事業が継続できるメリットは大きい。
同社代表取締役の笠井健氏は「全国でガソリンの給油所は3万6349カ所あるが、ガソリンは取り扱いや長期保存が難しい。また一般・不特定多数の車両が給油するため、災害時で供給量が枯渇すれば入手しにくくなる可能性は高く、実際にそうなった。一方、ガスは、LP車両燃料としては主にタクシーなどで使われているが、一般向けではそれほど普及しておらず、給油施設こそ全国約1900カ所と少ないが、長期保存が可能でコストも安い」とLPガスのメリットを強調する。
究極のバイフューエル車がトヨタのプリウスを改造したバイフューエル・ハイブリッド車両だ。電気とガソリン、さらにLPガスの3つを燃料に無給油でも長距離を走行することができる。通常のハイブリッド車に、LPガスの燃料タンクを搭載し、状況に応じて燃料を切り替えながら走行する。約1500kmの走行が可能だ。震災後には、燃料タンクを大型化し後部にトレーラーを牽引できるようにしたプリウスの災害対策モデルを改造メーカーと共同で開発した。
「東日本大震災で私たちは西日本の同業者からも支援をいただいた。南海トラフ地震が発生したら、この車で災害支援車両を牽引して支援に行きたい」と笠井社長は開発の理由を語る。車両は、100V・1500Wの電気を後ろのトレーラー(災害支援車両)に供給することもできる。トレーラー部分には、支援物資が積めるほか、応急処置を施す移動診療所にもなる。2015年6月には実際に名古屋までの実証走行試験を行った。高速道路が使えないことを想定して日本海側の一般道を迂回して名古屋に入り、折り返して再び北上へ。結果、1800㎞を無給油で走り切った。「トレーラーを牽引していなければ、最大航続距離は3000㎞になる」と笠井社長は語る。
同社が、これほどまでに災害対策にこだわる理由は、事業の特殊性にある。
同社では、多くの医療機関に対し、酸素や麻酔に使う医療用ガスを提供している。従業員50人ほどの中小企業だが、在宅医療も支援し、約500人の個人宅に酸素供給装置などの医療機器を提供している。これらの業務は万が一止まれば人命に関わる。さらに、産業用のガスの供給は、各企業の事業を支え、LPガスは一般市民の生活を支える。どれ1つとっても事業の停止が許されない。
事例から学ぶの他の記事
おすすめ記事
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/12/24
-
-
-
能登の二重被災が語る日本の災害脆弱性
2024 年、能登半島は二つの大きな災害に見舞われました。この多重被災から見えてくる脆弱性は、国全体の問題が能登という地域で集約的に顕在化したもの。能登の姿は明日の日本の姿にほかなりません。近い将来必ず起きる大規模災害への教訓として、能登で何が起きたのかを、金沢大学准教授の青木賢人氏に聞きました。
2024/12/22
-
製品供給は継続もたった1つの部品が再開を左右危機に備えたリソースの見直し
2022年3月、素材メーカーのADEKAの福島・相馬工場が震度6強の福島県沖地震で製品の生産が停止した。2009年からBCMに取り組んできた同工場にとって、東日本大震災以来の被害。復旧までの期間を左右したのは、たった1つの部品だ。BCPによる備えで製品の供給は滞りなく続けられたが、新たな課題も明らかになった。
2024/12/20
-
企業には社会的不正を発生させる素地がある
2024年も残すところわずか10日。産業界に最大の衝撃を与えたのはトヨタの認証不正だろう。グループ会社のダイハツや日野自動車での不正発覚に続き、後を追うかたちとなった。明治大学商学部専任講師の會澤綾子氏によれば企業不正には3つの特徴があり、その一つである社会的不正が注目されているという。會澤氏に、なぜ企業不正は止まないのかを聞いた。
2024/12/20
-
-
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方