2016/05/11
誌面情報 vol50
「人の命と尊厳を守る」災害時のトイレ問題
災害時のトイレ問題を真剣に考えている人がどれだけいるだろう。地震により、停電や断水が発生すれば、多くの商業施設やビル、マンションでトイレが使えなくなる。たとえ一時的に水が流れても、排水先にある配管や汚水処理施設が壊れていたら、階下層などに大きな水被害を与えてしまうおそれがあるからだ。防災計画や事業継続計画がしっかりしていても、トイレが使えなければその計画は実施困難だ。問題の本質は、1人ひとりに「正常性バイアス」が働き、さらに、羞恥心やプライバシーの問題から社会全体の問題としてしっかり提起されてこなかった点にある。リスク対策.com編集部は昨年末、NPO法人日本トイレ研究所と共催で「防災トイレサミット」を開催。災害時のトイレ問題に関して考察した。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年7月25日号(Vol.50)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。役職などは当時のままです。(2016年5月11日)
考えない、考えたくない災害時のトイレ事情
「災害時のトイレ問題は、単なる排泄だけの問題ではなく、人間の命と尊厳を守ることにつながる」と話すのは、NPO法人日本トイレ研究所代表の加藤篤氏。

1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災ともに、避難所で問題となった施設・設備の第1位は「トイレ」だったという(図1)。日本トイレ研究所が東日本大震災後の気仙沼市で聞き取った調査によると、発災から6時間以内におよそ7割の被災者がトイレに行きたくなったと話している(図2)。生きるのが精いっぱいな状況で、水も食料も摂取していなくても、人間は排泄をもよおすのだ。さらに、避難所では断水で水が使えない状況のため、トイレも本来であれば使用できない。しかし、震災後の避難所では水が流れないトイレで排泄をするのはもちろん、酷い時には床や手洗いにまでしてしまうケースもあった。校庭の片隅が便だらけになってしまった避難所の学校もある。残念ながら、これらのことはテレビなどで大きく報道されることがなかったことや、被災者自身も話さなかったため、現在でも広く伝わってはいない。
トイレに行きたくないために、水を飲まなくなる被災者も多い。震災後はただでさえ過度な緊張状態が続く。避難所の慣れない集団生活の中でトイレも使えないとなれば、脱水・低体温症、免疫力の低下や血圧粘度上昇などさまざまな要因が重なり、心筋こうそく、脳こうそく、肺塞栓症、心不全、膀胱炎、下痢・便秘など、数多くの症状が現れる。避難所でトイレさえ機能していれば、水も食料も我慢することはないだろう。加藤氏は「できれば、水や食料とトイレはセットで支援して欲しい」と話す。
では、実際に仮設トイレが設置されたのは何日後なのだろうか。名古屋大学の調査によると、予定通りの3日以内が3割。4日から2週間が半数。あとはそれ以上で、2カ月かかったところもあるという(図3)。災害用トイレを通常から備蓄しておくことは、企業にとっても市民にとっても災害対策の最重要事項と言える。現在はさまざまなタイプの災害用トイレがあるが、災害発生から時系列によってトイレの需要は変化するし、し尿の保管・処分までを考えて事業継続計画を策定する必要がある。日本トイレ研究所では、「災害用トイレの種類と特徴」をWebサイトで公開しているので参照してほしい。

■災害用トイレガイド(日本トイレ研究所)
http://www.toilet.or.jp/toilet-guide/
誌面情報 vol50の他の記事
おすすめ記事
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
-
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方