「人の命と尊厳を守る」災害時のトイレ問題

災害時のトイレ問題を真剣に考えている人がどれだけいるだろう。地震により、停電や断水が発生すれば、多くの商業施設やビル、マンションでトイレが使えなくなる。たとえ一時的に水が流れても、排水先にある配管や汚水処理施設が壊れていたら、階下層などに大きな水被害を与えてしまうおそれがあるからだ。防災計画や事業継続計画がしっかりしていても、トイレが使えなければその計画は実施困難だ。問題の本質は、1人ひとりに「正常性バイアス」が働き、さらに、羞恥心やプライバシーの問題から社会全体の問題としてしっかり提起されてこなかった点にある。リスク対策.com編集部は昨年末、NPO法人日本トイレ研究所と共催で「防災トイレサミット」を開催。災害時のトイレ問題に関して考察した。
 

編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年7月25日号(Vol.50)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。役職などは当時のままです。(2016年5月11日)

考えない、考えたくない災害時のトイレ事情

「災害時のトイレ問題は、単なる排泄だけの問題ではなく、人間の命と尊厳を守ることにつながる」と話すのは、NPO法人日本トイレ研究所代表の加藤篤氏。 

1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災ともに、避難所で問題となった施設・設備の第1位は「トイレ」だったという(図1)。日本トイレ研究所が東日本大震災後の気仙沼市で聞き取った調査によると、発災から6時間以内におよそ7割の被災者がトイレに行きたくなったと話している(図2)。生きるのが精いっぱいな状況で、水も食料も摂取していなくても、人間は排泄をもよおすのだ。さらに、避難所では断水で水が使えない状況のため、トイレも本来であれば使用できない。しかし、震災後の避難所では水が流れないトイレで排泄をするのはもちろん、酷い時には床や手洗いにまでしてしまうケースもあった。校庭の片隅が便だらけになってしまった避難所の学校もある。残念ながら、これらのことはテレビなどで大きく報道されることがなかったことや、被災者自身も話さなかったため、現在でも広く伝わってはいない。 

トイレに行きたくないために、水を飲まなくなる被災者も多い。震災後はただでさえ過度な緊張状態が続く。避難所の慣れない集団生活の中でトイレも使えないとなれば、脱水・低体温症、免疫力の低下や血圧粘度上昇などさまざまな要因が重なり、心筋こうそく、脳こうそく、肺塞栓症、心不全、膀胱炎、下痢・便秘など、数多くの症状が現れる。避難所でトイレさえ機能していれば、水も食料も我慢することはないだろう。加藤氏は「できれば、水や食料とトイレはセットで支援して欲しい」と話す。 

では、実際に仮設トイレが設置されたのは何日後なのだろうか。名古屋大学の調査によると、予定通りの3日以内が3割。4日から2週間が半数。あとはそれ以上で、2カ月かかったところもあるという(図3)。災害用トイレを通常から備蓄しておくことは、企業にとっても市民にとっても災害対策の最重要事項と言える。現在はさまざまなタイプの災害用トイレがあるが、災害発生から時系列によってトイレの需要は変化するし、し尿の保管・処分までを考えて事業継続計画を策定する必要がある。日本トイレ研究所では、「災害用トイレの種類と特徴」をWebサイトで公開しているので参照してほしい。

■災害用トイレガイド(日本トイレ研究所)
http://www.toilet.or.jp/toilet-guide/