身の周りを水害から守るには
筆者の恐怖体験から学ぶ

高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2017/12/04
安心、それが最大の敵だ
高崎 哲郎
1948年、栃木県生まれ、NHK政治記者などを経て帝京大学教授(マスコミ論、時事英語)となる。この間、自然災害(水害・土石流・津波など)のノンフィクションや人物評伝等を刊行、著作数は30冊にのぼる。うち3冊が英訳された。東工大、東北大などの非常勤講師を務め、明治期以降の優れた土木技師の人生哲学を講義し、各地で講演を行う。現在は著述に専念。
2016年夏、命拾いをした経験を語りたい。平日の昼前のことであった。雨が降る中、妻を最寄りの駅まで車(マイカー)で送った。帰り道、雨脚がたたきつけるような激しさになった。自宅まで約20分。車のワイパーを最大限動かしても、前方が滝のように流れ落ちる雨水にさえぎられて見えにくくなった。車の屋根をたたく音も一段と激しくなる。これぞ10年に1度の豪雨だな、と不安にさいなまれながら、車のスピードを落として走り続ける。
自宅近くの市道の窪地にさしかかった。濁流が窪地に流れ込んで、ちょっとした、にわか沼のようになっている。進むべきか、バックかUターンすべきか、一瞬迷ったが、「えい」とばかりに車を前進させた。これがまずかった。
車は1mばかり水面をかき分けて進んだが、濁水の中に浮かんでしまった。アクセルを踏んだり、ハンドルを左右に回転させたが、小舟のように水に浮かんだ車は動かない。それどころか、車は水没をはじめ、濁水が運転席に噴水のように入って来る。密室に閉じ込められた。これはダメだと思い、シートベルトをはずし車から脱出しようドアに体当たりしこじ開けようとしたが、水圧でドアはびくともしない。濁水は胸まで迫まり、水滴が耳に入り込む。「死ぬ」と一瞬思ったが、「これきしのことで死んでたまるか」と思い直した。3分間ほど?の苦闘の末、ドアをなんとかこじ開け、車からプールのようになった窪地を脱出した。「にわか沼」から高台に駆け上がった。周りに誰もいない。(女性や高齢者では車から出られなかったのではないかと恐れる)。
豪雨は降り続く。全身びしょぬれのまま、携帯で消防署(119番)へ連絡した。とっさに保険会社にも連絡しておくべきだと思った。保険会社の担当者はさっそくレッカー車を現地に向かわせる、と答えた。約30 分後に、消防車のサイレンが聞こえた時には、ほっとした。消防士たちは車を「にわか沼」から押し上げて、水没していない路上まで運んでくれた。消防士は「よく車から出られましたね」と語りかけた。
ハイブリッド車はバッテリーや電気系統がすべて不具合となり、廃車するしかなくなった。車の中のバッグや書類は泥だらけで廃棄するしかない。やがてレッカー車が到着し、車を近くのディーラーに運んでくれた。レッカー車に同乗すると、しきりに運転手の携帯が鳴り、駅近くのアンダーパスや下り坂で車の水没が相次いでおり、私の車の処理が終わり次第、別の現場に行って欲しいとの要請である。運転士はつぶやく。「いくら要請があっても、この豪雨で水没道路があちこちにでき、現場にたどり着くだけでも容易ではない」。ディーラーに車の処分をお願いして、自宅に戻った時には全身寒さで震え出した。すぐに熱い風呂に飛び込んだ。命拾いした思いが沸き上がった。
私は近隣のハザードマップをきちんと頭に入れてなかったことを後悔した。(「お前は水害の本を多数出しているのに、車を水没させるとは何たることか」と知人から揶揄された)。私の体験をもとに、市街地における窪地、アンダーパス、地下空間などの都市型水害対策を考えたい。
利便性を追究した今日の市街地は、路面が舗装されて雨水が地中に浸透しにくく、豪雨で排水が追い付かず浸水が起きやすい。地下街や地下鉄の駅ではどこから雨水が流れ込んでくるか予測しづらい。(以下、「朝日新聞」9月25日付記事から一部引用する)。
東京都心の夏の夕方から夜では、ゲリラ豪雨のような突発的な雨が、100年間で5割近く増えたとの研究がある。都市は水害に弱い。
浸水して水位が高くなると歩くことが難しくなり、子供や高齢者の場合は水深20cm程度までとされる。水圧がかかる扉は押し開けづらくなり、子供は水深30cm、成人男子で40cmが限度だった。地上や上階の水深が30cmになると、流れ落ちる雨水で成人男子でも階上に上ることが困難になる。こうなる前に逃げなければならない。万一、地下に取り残された時は中身を空にしたペットボトルなどにつかまり、顔が沈まないようにして救助を待つ。天井が高い部屋は水没までの時間が長くなる。特に危険が高まる地下は、最も注意が必要だ。1999年の福岡水害では川が氾濫してJR博多駅周辺が浸水した。ビルの地下に取り残された女性が死亡した。
全国に約3500カ所あるアンダーパス(立体交差点で深く掘り下げているくぐりぬけ道路)も、窪地同様に問題が多い。冠水後に、自動車で侵入して動けなくなり、乗っていた人が死亡する事故が相次ぐ。日本自動車連盟(JAF)が、セダン車と車高が高いSUV車(スポーツ用多用車)で冠水した道路を走る実験をしたところ、水深30cmではどちらも走れたが、60cmではセダンは走れず、SUVも速度を上げると走れなくなった。
豪雨で視界が悪い時、運転席から水深を測るのは難しいため、進むうちに深みにはまることがある。(私の場合はこれに当たる)。車が水没してしまった時には、落ち着いて車から脱出する。水圧でドアは開けづらくなる。だが車内が浸水すると水圧差がなくなり開けられることもある。ドアが開かない場合に備え、ハンマーを車内に常備し、サイドガラスを割るのが確実だ。引き抜いたヘッドレストの金属棒をガラスと枠の間に差し込んで押し、テコの原理で割る方法もある。
◇
雨の降り方によって都市型水害にも複数のパターンがある。頻度が高いのは、短期間の豪雨などで排水が間に合わなくなる「内水氾濫」だが、最も警戒すべきは台風と高潮による水害だ。東京、大阪、名古屋などには海面より地面が低い「ゼロルメートル地帯」が広がる。高潮が発生し4692人が犠牲になり、401人が行方不明になった1959年の伊勢湾台風のような台風では、風による吹き寄せや低気圧による吸い上げで潮位が上がる恐れがある。国は東京で高潮が発生した場合、東部低地(主に下町)を中心に最大7600人が死亡すると想定している。
都市近郊の河川が決壊や氾濫を起こせば被害はさらに増える。1947年のカスリーン台風では利根川の決壊などで1000人以上が犠牲となった。一昨年の鬼怒川決壊では茨城県常総市で2人が死亡し、4000人以上が市街地などに取り残されヘリコプターやボートなどで救助された。救助された被災者は異常に多い数となった。
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