2013/03/25
誌面情報 vol36
~なぜプロジェクトは失敗するのか~
マーシュブローカージャパン 大野紳吾
海外進出企業が恐れなくてはいけないリスクは、テロや紛争などのカントリーリスク、あるいは地震や洪水などの地政学的なリスクだけではない。文化や、考え方、経済的価値観が異なる国で仕事をするということは、それ自体がリスクと言っても過言ではない。米系の建設エンジニアリング会社に長年勤務した経歴を持つマーシュブローカージャパンの大野紳吾氏に、自身の経験を通じて得られた海外業務でのリスクマネジメントについて解説してもらった。
1.はじめに
私は、前職では石油コンビナート、発電所、ダム、空港、港湾などの建設を請け負う世界最大級の総合建設会社に勤務し、2005年から7年間、中東のカタールに滞在しました。発注者側のプロジェクトマネージャーとして、多くの空港建設プロジェクトに携わりました。カタールで様々なコントラクターとの案件を経験するにつれ、大型プロジェクトを遂行するにあたり様々なリスクが存在し、そのリスクへの対策を十分に講じなかったために、非常に大きな負のインパクトを被ってしまったケースを実際にこの目で見てきました。同じプロジェクトを同じ条件で業務を遂行しているにも関わらず、首尾よく成功させるコントラクターと失敗続きのコントラクターが存在します。現職のプロジェクト案件のリスクマネジメント戦略構築を支援する立場で、プロジェクトが抱えるリスクのうち、特にコントラクターに潜むプロジェクト失敗の要因になり得るリスクについて解説します。
2.カタール国
カタールという国について、1994年サッカーワールドカップ最終予選の「ドーハの悲劇」あるいはアルジャジーラテレビがある国としてご存知の方も多いのではないでしょうか。世界第3位の天然ガス埋蔵量を持ち、秋田県とほぼ同じ国土面積に総人口約190万人が暮らしています。GDP(国民総生産)を25万人のカタール人で割ると約70万ドルとなり、経済的に非常に豊かな国です。カタール人は、敬虔なイスラム教徒(スンニ派)で高等教育を受けている人が多く、国内ビジネスではアラビア語と英語の両方が使われています。
以前は真珠養殖くらいしか産業のない「世界一退屈な町」と呼ばれたこともありましたが、1995年にハマド現首長が無血クーデターを起こし、実父の前首長より政権奪取。石油と天然ガス資源開発を中心に近代化を進め経済発展を遂げました。ペルシャ湾を挟んだ対岸にイランを擁し、米中央軍の司令部を国内に持つなど反米勢力の標的になる地政学的リスクは依然としてあります。しかし、カタール国民に資源収入から得た富の再分配を着実に行っている現首長の人気は高く、カタール国内の政情、治安、共に安定していると言われています。
3.プロジェクトが失敗に…事例紹介
私がカタールに滞在期間中、実際にあった事例をいくつか報告します。
事例① ある中国のコントラクターが、発注者が心配するほどの低価格で建築工事を受注した。すぐに本土から中国人技術者と中国人作業員を動員して着工したが、海外プロジェクト経験者も少なく、発注者とのコミュニケーションもままならない状況であった。しばらくして、コントラクターが、設計図の承認を取らないまま工事を開始。これを見た発注者側は、コントラクターは契約上の要求品質を満たしていないとして、工事の一時中断を指示。コントラクター側は、コントラクターとしてリスクを取るので指示に応ずる必要はないと反論した。お互いの主張が平行線をたどる中、激しい討論が繰り広げられ、最終的に発注者側がコントラクターの行為を契約不履行として契約解除を通告した。 |
事例② アブダビ(UAE)の中堅コントラクターは、常に顧客志向が強く、口頭での設計変更の指示にも迅速に対応するような会社であった。工期も半ばを過ぎたある時、発注者側の担当者が交代した。それまでコントラクターは口頭による指示のもと設計を変更しながら工事を進めていたが、その日から一転、発注者は既に完成した工事部分についても設計変更記録がないとしてコントラクターに施工のやり直しを要求。らに、さ設計図通りに施工していないことを理由に発注者からの支払いも止められた。この一件によりコントラクターの資金繰りは著しく悪化し、下請業者及び従業員の給料の不払いが発生、企業としての市場の信用も失った。 |
事例③ 非常に厳しい契約工期で内装工事を受注したドイツのコントラクターは、工事完成が遅れると巨額の遅延金を払うことになるので、少しでも工事が遅れそうになるとそれを発注者や他のコントラクターに責任転嫁し続けた。ところが、着工して半年以上経ても工事が前に進まず、遅れは自社の責任ではないと主張するこのコントラクターに対し、発注者はなんとか工事を前に進める為に協議の場を提供した。それでもなおコこのントラクターの強固な態度は変わらず、その後、このコントラクターは契約不履行を理由に契約を解除された。 |
4. 問題点と対策
前出の事例を踏まえて、失態を晒したコントラクターに共通する問題点について、「リスク感度」、「リスク処理能力」、「リスク共有力」のキーワードから考えていきたいと思います。
■リスク感度
「リスク感度」とは、「不確実性に対する敏感さ」のことで、事故や好ましくない事象の発生率の変化を敏感に察知する力と言えます。例えば事例①では、発注者側は最後通告を出したにもかかわらず、コントラクター側は本当に最後通告であるという危機感はなかったようでした。事例②では、コントラクターは発注者に良かれと思って口頭での設計変更に応じてきましたが、まさか最終的に承認を得られず、フィーを払ってもらえないというシナリオを考えていませんでした。
これはどのような仕事、国内外問わず言えることかもしれませんが、海外プロジェクト案件に従事する場合もご多分にもれず、時間的に余裕があるプロジェクトの初期段階では、リスクの洗い出しやシナリオ想定などといったリスクに関わる協議の場を組織内で持つことが多いでしょう。しかし、繁忙期を迎え、プロジェクトが佳境に差し掛かると眼前に山積された課題への対応に追われ、冷静にリスクに向き合う時間が取れなくなってくるものです。特に海外での執務を遂行する場合は、個人の経験と想像力を遙かに超え、自国では考えられないような想定外の出来事がしばしば起こり得ます。そのような状況下でこそ、定期的なリスクの見直しを実施することが必要です。個々の組織を越えて定期的にプロジェクト・リスク全体を議論する機会を設けたり、外部専門家を有効活用し客観的な意見や最新のグローバルリスクについての情報を得ることも1つの方法です。欧米企業の多くがこのような手法を導入してリスクマネジメント戦略を効果的に構築し、実践しています。
■リスク処理能力
「リスク処理能力」とは、ここでは「合理的に、かつ迅速にリスクを処理できる度合い」という意味で使っています。プロジェクトの開始時に組織として把握している既知のリスクの他に、プロジェクトが進行して初めて顕在化してくるリスクが数多くあります。そのような想定外のリスク群は、責任の所在が契約書に明記されていなかったり、曖昧であったりすることから、発注者とコントラクターの間に紛争が起こることがしばしば見受けられます。
事例③では、コントラクターは工事遅延金のプレッシャーから、プロジェクト開始後に把握したリスクを自社以外の他社に責任転嫁しようとし続け、それが発注者の不満を増長し大きな壁を作ることになりました。事例①ではコントラクターがリスクを取ると述べていることから、一見、コントラクターのリスク共有度が高いように思えますが、受注金額の安さとコミュニケーション能力の欠如から、コントラクターはそもそもの要求品質を理解しておらず、リスクを過少評価していました。発注者とコントラクターは、基本的に経済的利益相反関係(コントラクターの売上が増える時、発注者の支出が増えるという関係)にあるので、契約後に露呈したリスク群への対応には敏感にならざるを得ません。しかしながらこれらのリスクをどのように処理するのかについて議論に時間をかければ、肝心の工事が遅れ、与えられた時間内で完成させるという目的を達成できなくなる重大なリスクに晒されるのです。この負の連鎖を最小限に食い止めるためには、発注者/コントラクター/プロジェクト関係者が一丸となって、露呈したリスクに取り組み、最善の処理策を迅速に策定することだといえるでしょう。リスクが連鎖し、結果的に、経済的な損失のみならず企業イメージの失墜などの取り返しのつかないリスクに連鎖していく最悪の結果を是が非でも回避しなければなりません。
もう1つの重要な要素が「リスク共有力」です。ここで言う共有とは、「リスク感度」「リスク処理能力」とのパートで解説したプロセスを文書化し、発注者に伝達することを指します。例えば事例②のコントラクターは、発注者の口頭による設計変更指示に安易に対応し、正式な文書化を怠ったために、経済的損失に加え、市場における信用を失いました。工期の長いプロジェクトでは担当者の交代も十分有り得ます。過去の事象の記憶は曖昧になるのが常なので、公式の記録が必要です。記録した情報を発注者側に伝え、発注者をプロセスに巻き込むことで透明性を確保し、発注者がコントラクターに対価を払いやすいような環境を整えることが重要です。QS(積算士)やコントラクトマネジャーと呼ばれる人材が行っている業務の領域ですが、自社のリスクに加えプロジェクト全体のリスクを網羅的に把握し、適切な処理策を講じることができる人物像こそ求められる人材だといえるでしょう。
海外における事業展開の特殊性として、カタールでの一例を挙げて見ましょう。カタールで事業展開するにあたり鍵になるのが現地のスポンサーの存在です。カタール国内で事業展開する外国企業は、一部の例外を除きカタール人の保証人を登録することが法律上義務付けられています。これは外国企業が違法行為を行っていないことを保証するための制度ですが、保証人は現地スポンサー企業から毎年売上の一定料率を保証料として受領する契約を締結する場合が多く、これが保証人の外国企業ビジネスに積極的に関わるインセンティブとして働いています。
5. 結論、プロジェクトを失敗させないために
1) 定期的に組織内でリスクを検討し、外部専門家に客観的な意見や最新のリスク傾向などの情報を得るなどして、「リスク感度」を日頃から高く保てるような機会を作る。
2) プロジェクト開始後に想定外のリスクが顕在化した場合は、発注者、コントラクター、その他関係者と協調しながら、経済合理性のある解決手法を迅速に検討し、対策を講じ、実行する。
3) 優れた「リスク共有力」を備えたキーパーソンの人選と現地有力者との人脈強化に努める。 海外進出リスクの一例として、カタールでのプロジェクト案件の事業展開について述べてきました。世界各国それぞれの土地特有のリスクがある一方で、昨今、国境を越え、リスクが互いに連鎖して強大な威力を持ったグローバルリスクの波及効果についても注視されています。あらゆる角度から網羅的にリスクを把握し、対策を講じることこそ、海外進出の成功に向けたキーポイントになるでしょう。
Plofile
大野紳吾(おおの・しんご)
1972年 東京都出身。京都大学工学部建築学科卒業。IE Business School、International Executive MBA 修了。大学卒業後、日系建設株式会社に入社し、国内で建設現場監督を経験した後、米系建設エンジニアリング会社に転職。国内外の建設プロジェクトマネジメントに係わる。現在、マーシュブローカージャパン株式会社にて、国内及び海外のインフラ&エネルギー案件のリスクコンサルティング業務に従事。一級建築士。一級建築施工管理技士。シックスシグマグリーンベルト。
誌面情報 vol36の他の記事
おすすめ記事
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/12/24
-
-
-
能登の二重被災が語る日本の災害脆弱性
2024 年、能登半島は二つの大きな災害に見舞われました。この多重被災から見えてくる脆弱性は、国全体の問題が能登という地域で集約的に顕在化したもの。能登の姿は明日の日本の姿にほかなりません。近い将来必ず起きる大規模災害への教訓として、能登で何が起きたのかを、金沢大学准教授の青木賢人氏に聞きました。
2024/12/22
-
製品供給は継続もたった1つの部品が再開を左右危機に備えたリソースの見直し
2022年3月、素材メーカーのADEKAの福島・相馬工場が震度6強の福島県沖地震で製品の生産が停止した。2009年からBCMに取り組んできた同工場にとって、東日本大震災以来の被害。復旧までの期間を左右したのは、たった1つの部品だ。BCPによる備えで製品の供給は滞りなく続けられたが、新たな課題も明らかになった。
2024/12/20
-
企業には社会的不正を発生させる素地がある
2024年も残すところわずか10日。産業界に最大の衝撃を与えたのはトヨタの認証不正だろう。グループ会社のダイハツや日野自動車での不正発覚に続き、後を追うかたちとなった。明治大学商学部専任講師の會澤綾子氏によれば企業不正には3つの特徴があり、その一つである社会的不正が注目されているという。會澤氏に、なぜ企業不正は止まないのかを聞いた。
2024/12/20
-
-
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方