2013/03/25
誌面情報 vol36
犯罪、事件、大規模地震、洪水、噴火、政変、暴動、テロ、戦争…。近年、企業を取り巻く海外リスクは、ますます巨大化かつ多様化し、海外に在留する日本人がこうした事故や災害に巻き込まれるケースが多くなっている。企業の国際化が進展する中、海外赴任者の安全に配慮し、危機管理体制を構築することは、企業にとって重要な責務となる。今年1月に起きたアルジェリアでの誘拐テロ事件を受けて、企業の間で海外進出における海外安全危機管・理のあり方について一層関心が高まっている。
では、海外赴任する社員に対して責任ある危機管理体制の構築にあたり、具体的に何から手をつければいいのか。特に中堅・中小企業の多くは、海外でのビジネス経験が浅く、新規進出も多い。加えて大手企業と比較して、危機管理に充てる経費予算も限られている。結果、現地で想定されるリスク分析が不十分なまま事業展開し、進出後に初めてリスクの多さを知り、悩みを抱える企業が多い。
まずは、推進体制の確立
海外の危機管理体制は、業種や海外事業の規模、進出先、費やす費用などによって大きく異なる。アルジェリアなどアフリカや中東地域に進出する企業は、全体からみれば少数派であり、多くの進出先はASEANや中国といった新興国地域だ。紛争やテロなどが多いハイリスク地域のアフリカと比較して、アジア地域で想定されるリスクは大規模自然災害や窃盗などで、当然対策も異なる。
一方、海外での危機管理体制を構築する上で基本的な方針や行動指針は、地域や業種に関わらず共通する項目も多い。 まずは企業内で海外危機管理を担当する組織や部門を明確化することが大切だ。国内外に関わらず、リスクが発生した際には、トップの判断や決断が求められる。海外へ渡航する従業員の安全確保の責任者を決め、平時の海外安全・危機管理の担当者、有事における業務、役割を明確にすることが不可欠となる。
情報収集が鍵
組織体制ができたら、海外安全・危機管理のための情報収集にあたる。危機管理の担当者は、進出地域におけるあらゆる情報を収集し、海外駐在員やその家族に影響を与えるリスクを把握する必要がある。
情報ソースは、インターネット上に転がる国内外の安全・危機管理に関する情報から外部のコンサルティング会社のサポートまで様々だが、まずは、自発的に外務省の海外安全ホームページを閲覧したり、実際に大使館に足を運び、公的機関が発信する情報を抑えることが基本となる。
特に、外務省の海外安全ホームページについては、最大限に活用できてない企業も多い。海外安全ホームページ内の海外渡航情報は、「危険情報」「スポット情報」「広域情報」「安全対策基礎データ」「テロ概要」などのカテゴリー別に構成されている(図1)。
このうち、「危険情報」図2は渡航・滞在にあたって特に注意の必要な国・地域の情勢や安全対策の目安を4つに分類したもので、一般的にも広く知られているが、企業が海外進出を検討する際は、危険情報だけに留まらず、より限定的な地域の事件や事故についてのスポット情報や近隣諸国のリスクまで含めた広域情報も活用して、最低限の進出先の周辺環境を日々チェックする必要がある。加えて各大使館や領事館のホームページ上の情報確認も欠かせない。
海外進出のリスクマネジメントを支援するNKSJリスクマネジメント(株)※リスクコンサルティング事業本部の横山歩氏は「各会社が海外安全管理の専任の部署を持っているわけではなく、多くの企業では総務や人事部が、業務の傍ら駐在員の安全面を担当しなければいけません。日々、定点観測して、グローバルな流れや自分達が進出している特定の国、地域の情報について定期的にチェックするのは、難しいというのが現状です。こうした企業は、最低限、大使館や領事館が配信するメールマガジンなどを活用することで、自主的とはいかなくても受動的に安全情報を入手できるような体制にすることが大切です」と話す。
余裕があれば、公的機関だけでなく、できるだけ多くの情報ソースを手に入れたい。例えば、日本企業の海外事業活動の支援を目的とする日本在外企業協会や海外邦人の安全活動を推進する海外邦人安全協会などに足を運んだり、そのホームページをチェックすることで多くの情報が収集可能だ。さらに、国内だけでなく、米国国務省の安全対策協議会のホームページや英国外務省のトラベル情報など海外の公的機関のホームページをチェックすることで視点を変えて世界中の安全情報収集できる。実際、日本で福島第一原発の事故が発生した時も各国の大使館が発表する危険情報に差が見られた。このほかにも、現地の駐在員が、日常生活する上でニュース番組として視聴するCNNやNHKワールドなど報道情報も現地の情報を知る上では役立つ。また、共同通信社では、法人向けサービスとして、海外リスク情報ページを持ち、海外で邦人が関与した可能性のある事件、事故、災害の第一報を配信するなどしている(「海外進出・危機管理お役立ち情報」参照)。
現地でのネットワークも大事
本社における情報収集体制を構築する一方で、現地でも安全情報を常に収集することは欠かせない。本社からの情報収集には限度がある。海外生活では、海外赴任者やその家族が自身を守るために、常に自分達全員で守るセルフ・プロテクションが大前提となる。
まずは基本として海外駐在員は、進出先の日本人会や在外公館と常に連絡を取りあい、情報入手と意見交換することが大切だ。また、進出先にある日系企業との間で、安全管理におけるネットワークを作ることも重要といえる。例えば、日本からの進出先の1位である中国には、既に約2万5000社に及ぶ日系企業がある。こうした日系企業の中から、同規模の企業同士でネットワークを作り、海外安全・危機管理などを含めた現地の情報を共有することが不可欠だ。
コンサルティング会社の活用
しかし、自社だけで、想定されるリスクに関する情報を収集するには限界もある。さらに一歩踏み込んだ情報収集をするのであれば、リスクコンサルティング会社を活用するのが有効だ。大企業では、英国や米国に基盤を置いているような情報提供会社と契約し、日々情報収集しているケースが最近は多いという。
専門家を有することで、進出先の危機管理情報に加え、世界各地で発生する紛争や自然災害、感染症など、世界的な危機傾向などについてもアドバイスを受けることができる。多くのリスクコンサルティング会社では、海外進出セミナーや海外安全に関するレポートの形で情報提供をしている。
例えば、(株)東京海上日動リスクコンサルティングでは、定期的に海外出張者・海外駐在員とその家族などを対象に、海外における事業の安全に関する情報をまとめた「海外安全トピックス」(A4版15ページ程度)や、海外安全に関わる事象について評価・分析した不定期発行の「海外安全レポート」(A4版20~30ページ程度)を提供している。
その他の多くのリスクコンサルティング会社でも、同様のサービスを行っているほか、海外で発生した大規模災害や事件・事故などについて分析したレポートをホームページ上で公開している。
資金面に余裕があれば、コンサルタント会社を最大限に活用し、総合的なサポートを受けるのも1つの方法だ。企業の海外事業戦略や計画を基に、コンサルタント会社が進出拠点の現地調査や進出拠点への参入形態からリスク調査までを代行する。
大手企業だけが受けられるサービスと思いがちだが、実際は、中堅・中小企業でも親会社や子会社と連携し、共同でコンサルティング会社と契約するケースも見られる。
危機管理に投資できる予算と照らし合わせ、コンサルティング会社から総合支援サービスを受けるのか、それとも「情報収集」や「危機管理マニュアルの策定」など危機管理体制の一部分を任せるのか、十分に検討する必要があるだろう。
コンサルタント会社の選定にも注意が必要だ。国内の総合コンサルティング会社の多くは、海外進出における海外危機管理の支援サービスを用意している。そのほとんどは、英国や米国の危機管理を専門としたリサーチ会社や警備会社、急病時の24時間対応にあたる医療アシスタント会社などと提携し、基本的にはアジアからアフリカまで地域を限定せずに対応している。
一方、危機管理や警備に特化した外資系や国内の一部のリスクコンサルティング会社では、特定の地域や特定の分野におけるエキスパートであることもある。どこを自社のパートナーにするかは、できるだけ多くのコンサルティング会社に直接会って相談した方がいいだろう。
教育・研修を実施
海外進出におけるリスクの洗い出しや現地の情報収集をしたら、優先的に実施すべき対策を決定し、海外安全・危機管理対策マニュアルを作成する。マニュアルを作成することで、有事におけるノウハウを先取りし、緊急対応の時間短縮を実現できる。具体的には、会社の基本方針、推進体制、決裁権限の規定や、海外派遣社員とその家族のための具体的な行動ガイドラインなどを記載することが大切だ。また、できるだけイメージしやすいように行動のガイドラインには、事前の準備、有事の対応、事後の対応など時間軸に沿って簡単にまとめるのが良い。
注意しなければいけないのは、まとめた対策マニュアルを海外派遣者に配って、それきりで終わってしまうことだ。作成したマニュアルに基づいて、海外安全に関する教育やシミュレーション訓練を実施し、危機管理体制を運用することで危機管理力が高まる。こうした研修は、本来では海外派遣者と同行する家族を含めて実施することが企業として最低限の責務だが、現状では赴任前に十分な研修を行っている企業は少ないようだ。
研修の項目には、主に海外安全・危機管理に関する基礎知識、リスクごとに直面し得る状況を想定した対応スキルやマニュアル作成方法、判断力の強化などを盛り込み、最後にシミュレーション訓練を実施することで、実際に危機管理対応能力が相応に備わっているのか検証する。例えば「現地における言語対策」「現地における緊急医療の体制」「シミュレーション訓練」など、テーマを区切って1日をかけて実施してみてもいい。研修形態は、自社だけで実施するものもあれば、コンサルティング会社にシナリオを作成してもらい、シミュレーション訓練の部分だけ委託するなど、企業によって様々だ。コンサルティング企業の中にはこうしたシミュレーション訓練を非定期に無料で実施しているところもある。訓練に参加することで、進出前の海外派遣社員と本社の担当者の連携力を高めることが大切だ。
ここまでみると、海外事業展開するにあたり、危機管理体制を整えるには、十分な時間とある程度のコストがかかることが分かる。しかし、準備なしに進出後に発生するリスクに対応するのは、事前の準備より数倍も労力がかかる。
危機管理は、海外進出における経営の戦略的ポートフォリオの一部に取り入れ、コストとしてではなく投資として考える必要がある。
アルジェリアのようなテロ事件に対して、残念ながら特効薬となる危機管理体制はないが、想定されるリスクに対し、1つひとつ対策を講じることで、海外リスクが発生する可能性を低くすることを続けて行くことが、海外進米国国務省の安全対策協議会のホームページ海外邦人安全協会のホームページ出には不可欠となる。
誌面情報 vol36の他の記事
おすすめ記事
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/12/24
-
-
-
能登の二重被災が語る日本の災害脆弱性
2024 年、能登半島は二つの大きな災害に見舞われました。この多重被災から見えてくる脆弱性は、国全体の問題が能登という地域で集約的に顕在化したもの。能登の姿は明日の日本の姿にほかなりません。近い将来必ず起きる大規模災害への教訓として、能登で何が起きたのかを、金沢大学准教授の青木賢人氏に聞きました。
2024/12/22
-
製品供給は継続もたった1つの部品が再開を左右危機に備えたリソースの見直し
2022年3月、素材メーカーのADEKAの福島・相馬工場が震度6強の福島県沖地震で製品の生産が停止した。2009年からBCMに取り組んできた同工場にとって、東日本大震災以来の被害。復旧までの期間を左右したのは、たった1つの部品だ。BCPによる備えで製品の供給は滞りなく続けられたが、新たな課題も明らかになった。
2024/12/20
-
企業には社会的不正を発生させる素地がある
2024年も残すところわずか10日。産業界に最大の衝撃を与えたのはトヨタの認証不正だろう。グループ会社のダイハツや日野自動車での不正発覚に続き、後を追うかたちとなった。明治大学商学部専任講師の會澤綾子氏によれば企業不正には3つの特徴があり、その一つである社会的不正が注目されているという。會澤氏に、なぜ企業不正は止まないのかを聞いた。
2024/12/20
-
-
-
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方