健康で幸せな暮らしを災害から守るために
防災グローバル・ファシリティ「Unbreakable : Building the Resilience of the Poor in the Face of Natural Disasters」
合同会社 Office SRC/
代表
田代 邦幸
田代 邦幸
自動車メーカー、半導体製造装置メーカー勤務を経て、2005年より複数のコンサルティングファームにて、事業継続マネジメント(BCM)や災害対策などに関するコンサルティングに従事した後、独立して2020年に合同会社Office SRCを設立。引き続き同分野のコンサルティングに従事する傍ら、The Business Continuity Institute(BCI)日本支部事務局としての活動などを通して、BCMの普及啓発にも積極的に取り組んでいる。一般社団法人レジリエンス協会 組織レジリエンス研究会座長。BCI Approved Instructor。JQA 認定 ISO/IEC27001 審査員。著書『困難な時代でも企業を存続させる!! 「事業継続マネジメント」実践ガイド』(セルバ出版)
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これまで本連載や、紙媒体の『リスク対策.com』誌上での連載「レジリエンスに関する世界の調査研究」では、自然災害の規模を被害者数や経済損失で定量化して分析した調査報告書をいくつか紹介してきた。ここで「経済損失」については、算出の基準が報告書によって異なるが、一般的には建物などの資産や、家畜、農作物など、貨幣価値に換算しやすいものが対象になっていることが多い。
一方で、読者の皆様も既にご承知のとおり、実際に災害が発生すると、数字になりにくい様々な被害や悪影響も大きな問題となる。例えば、災害によって財産を失ったり、生活環境が激変したりした結果、健康や安全が脅かされたり、将来に対して不安を感じたりする。しかしながら、このような悪影響は数字に表れにくいため、定量的な調査対象になりにくい。
そこで今回は、人々の健全な暮らしに対する悪影響に目を向けて調査・分析された報告書を紹介する。
世界銀行が事務局を務める「防災グローバル・ファシリティ」(Global Facility for Disaster Reduction and Recovery)(略称 GFDRR) が 2017 年に発表した報告書『Unbreakable : Building the Resilience of the Poor in the Face of Natural Disasters』(以下「本報告書」と略記)は、人々の「well-being」(注)、つまり心身ともに健康で、安定して幸せな生活ができることに対する悪影響に、特に問題意識をもってまとめられている。
基本的な考え方として、本報告書では消費の減少量が「安定した暮らし(well-being)に対する損失」を表すと解釈している。つまり、災害の前に行っていた消費行動が、災害によってできなくなった(もしくは消費したくなくなった)量で、安定した暮らしが損なわれた度合いを測ろうとしている。
一般的に、資産に対する損失は、図 1 の上側のように、災害によるハザード(hazard:損失が発生する可能性を高める状況)、暴露(exposure:外部からの影響にさらされる度合い)、脆弱性(vulnerability:外部からの影響に対する弱さ)の組み合わせによって発生すると考えられる。これに対して、安定した暮らしが損なわれる度合いは、図 1 の下側にあるように、これらに加えて「社会経済的レジリエンス」に左右されると考えられる。
このような考え方から、本報告書では「社会経済的レジリエンス」を式 1 のように定義している。すなわち、資産に対する損失の大きさに対して、安定した暮らしに対する損失(すなわち消費の減少)が多い場合は、社会経済的レジリエンスが低い、ということになる。
図 2 は、式 1 の定義に基づいて計算した 117 ヶ国の社会経済的レジリエンスを色分けで示したものである。貧困問題に苦しむ国々で色が濃くなっている(つまり社会経済的レジリエンスが低い)ことが分かる。つまり、災害による資産の損失(一般的にはこれが経済損失として測られる)が小さくても、社会経済的レジリエンスが低い国では、健康で安定的な暮らしができなくなる人が多くなるということである。
なお、図 2 は国別の集計になっているが、これはより細かく地域ごとに分けても同じことが言えるであろう。すなわち、災害による悪影響は、貧困層に対してより深刻なインパクトを与えることになる。したがって本報告書では、貧困層に対して自然災害の影響をより小さくするための施策が必要であると主張している。ここで言う施策には、被災者の生活再建を支えるための健康保険、社会保障やセーフティネット、貧困層にも利用可能な金融サービスなどが含まれる。
また図 2 を見ると、最も社会経済的レジリエンスが高い国でも 100% を超えていないことが分かる。つまり経済的に豊かな先進国であっても、安定した暮らしに対する損失が資産に対する損失を上回っていることを意味する。もし「災害による経済損失が〇〇億円」というようなデータを見たら、それを上回る規模で、多くの人々の健康で幸せな暮らしが損なわれていると考えなければならない。
もちろん読者の皆様の中には、人々が心身ともに健康で、幸せな生活を送れるような環境が損なわれた度合いを、「消費の減少」で表そうという考え方には、無理があるとお感じになった方もおられると思う。しかしながら、不完全ではあっても何らかの形でそれを定量化することによって、様々な課題を具体的に示すことができたのは有意義なことである。
また、ここでは紹介を省略するが、災害リスクを軽減するための施策が、安定した暮らしに対する損失をどのくらい減らせるかを試算したデータも多数掲載されている。詳しくは本報告書をダウンロードしてお読みいただきたいと思う。
■報告書本文の入手先(PDF 201 ページ/37.1 MB)
https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/25335
注)「well-being」とは、健康で幸せな生活ができる状態にあることを意味する言葉で、本報告書における重要なキーワードのひとつだが、日本語一語で表現するのが難しいため、本文中では文脈に応じて異なる訳をあてている。
(了)
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