2016/10/04
誌面情報 vol57
はじめに
リオデジャネイロオリンピックが閉幕した。強盗や窃盗事件などの犯罪が相次いだほか、市内ではマフィアと警官隊の銃撃戦が行われるなど、治安の悪さは目立ったが、大きなテロ活動は、パラリンピック開催中の現時点(9月10日時点)では阻止できていると言っていいだろう。
ある対テロ専門家に言わせれば、テロリストは絵になる光景を好むという。例えば、富士山を背景に新幹線が爆破され脱線・転覆しているような、そんな事態は世界に大きくアピールできる。テロ集団にとっては「垂涎の的」かもしれない。
同様に、世界の注目が集まるオリンピックやワールドカップ、サミットの類は、ISを含むテロ集団の格好のターゲットとなりうる。幸いなことに、これまでこのような大規模イベントにおいて、CBRNテロが実行されたことはないし、その未遂事件も報告されていない。しかし、今まで問題がなかったからといって、これからもそうであるという保証はどこにもない。このHVE(HighVisibilityEvents:大規模イベント)に焦点をあてて、脅威、包含されるリスク、考慮事項、特に多機関連携の問題や計画策定の難しさ、全体のセキュリテイとの関係等について述べてみたい。
実体験なし
HVEにおけるCBRNテロ対処計画は、今一歩、信頼性に欠けるものになるかもしれない。それは、ある程度、推論の上に組み立てざるを得ないからである。もちろん、通常の警備計画でも多かれ少なかれ、そうした側面はあるのかもしれないが…。ただ、過去に爆破や銃撃、人質事案は存在した。それに比べれば、予想し難い側面があるのは事実である。
例えば、筆者が実際に耳にした事例として西日本で数万人規模での某世界大会が開催された際に、MERS(中東呼吸器症候群)の疑いのある患者が発生した。幸いにも、短時間で陰性と判明したから何とか運営は続けられたが、陽性だったらどう対処すべきだったのか。
もちろん、運営計画にはこのような事態は想定されていない。一方で、アジアのスポーツイベントを舞台として、このようなパンデミックが起こるという想定でのシンポジウムがWHOやASEAN、米軍を含む関係者で実施されているという現実もある。
避けなければならないのは、これまで何もなかったから、これからもないだろうという安易な思考停止である。「うちのおじいちゃんは、今まで何十年も元気だから、あとしばらくは元気で死ぬことないよ…」というのは能天気なうちのカミさんの言葉だが、某組織委員会にこのような考え方がないことを祈りたい。
ネット上での魔女狩り
もう20年以上が経過した松本サリン事件。あの時、まったく関係のない会社員の河野さんが犯人にされて、警察からもマスコミからも叩かれていたのを覚えている人々も少なくなっているだろう。
薬品会社にいて、自宅の床下にいくつかの薬品を保管していたというだけで犯人扱いされた河野氏の不運は救いがたい。しかも、奥様は重篤な症状が長年続いた上に意識が戻らないまま2008年に死去した。ご夫婦ともに被害者である。
実は、筆者を含む当時の専門家から見れば、河野さんの自宅にあった薬品の組み合わせではサリンのような神経剤は合成できないことは明らかだった。警察との情報交換ができていればと悔やまれる。
2013年のボストンマラソン爆破テロの後にも、同様の犯人探しが起こった。ネット上で、事件直前に失踪した大学生があたかも犯人のように扱われ、それがヒートアップしていった、いわゆるクラウドソース捜査である。HVEでのCBRNテロにおいても、同様の犠牲者が出てしまうかもしれない。
また、福島第一原発事故の後の風評被害を思い出すまでもなく、ダーティーボムがHVEで使われたようなケースでは、会場に居合わせた人々への差別や、風下農地での作物が売れなくなるといった影響から自殺者まで出かねない。有効な対策がすぐに出せるわけではないが、正しい情報を速やかに公表するといったことが第一歩であろう。もちろん、捜査・復旧等とのバランスは考慮しつつである。
誌面情報 vol57の他の記事
おすすめ記事
-
なぜ製品・サービスの根幹に関わる不正が相次ぐのか?
企業不正が後を絶たない。特に自動車業界が目立つ。燃費や排ガス検査に関連する不正は、2016年以降だけでも三菱自動車とスズキ、SUBARU、日産、マツダで発覚。2023年のダイハツに続き、今年の6月からのトヨタ、マツダ、ホンダ、スズキの認証不正が明らかになった。なぜ、企業は不正を犯すのか。経営学が専門の立命館大学准教授の中原翔氏に聞いた。
2024/11/20
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/11/19
-
ランサム攻撃訓練の高度化でBCPを磨き上げる
大手生命保険会社の明治安田生命保険は、全社的サイバー訓練を強化・定期実施しています。ランサムウェア攻撃で引き起こされるシチュエーションを想定して課題を洗い出し、継続的な改善を行ってセキュリティー対策とBCPをブラッシュアップ。システムとネットワークが止まっても重要業務を継続できる態勢と仕組みの構築を目指します。
2024/11/17
-
-
セキュリティーを労働安全のごとく組織に根付かせる
エネルギープラント建設の日揮グループは、サイバーセキュリティーを組織文化に根付かせようと取り組んでいます。持ち株会社の日揮ホールディングスがITの運用ルールやセキュリティー活動を統括し、グループ全体にガバナンスを効かせる体制。守るべき情報と共有すべき情報が重なる建設業の特性を念頭に置き、人の意識に焦点をあてた対策を推し進めます。
2024/11/08
-
-
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2024/11/05
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方