第2回 状況はいきなり頭に入らない

秋月 雅史
1963年7月生まれ。1989年日本アイ・ビー・エム入社。IT業界で災害対策システム・無停止システムの構築、セキュリティ体制構築などの経験を積み、2011年から「想定外の起こらないBCP」を提唱。その概念を更に推し進めて、2013年からはCOPを活用した「危機管理の自動化」を提唱し、企業向けBCPコンサルティングを行っている。
2016/05/17
COP徹底解説~危機管理を自動化せよ!~
秋月 雅史
1963年7月生まれ。1989年日本アイ・ビー・エム入社。IT業界で災害対策システム・無停止システムの構築、セキュリティ体制構築などの経験を積み、2011年から「想定外の起こらないBCP」を提唱。その概念を更に推し進めて、2013年からはCOPを活用した「危機管理の自動化」を提唱し、企業向けBCPコンサルティングを行っている。
前号では、COP(Common Operational Picture)に要求される仕様を考える上で、基礎となるべき組織の情報要求について解説した。それを受けて、本号では危機発生時に組織がどのようなステップで危機的状況を理解し、意思決定を行うべきか、必要な要件と手順を洗い出す(これはイコールCOP利用の手順でもある)。また本号の内容は、組織ごとのCOPを策定する手順を組み立てる上で重要となる。COP策定の手順については、この論を踏まえて次号で説明したいと考えている。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年5月25日号(Vol.49)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。(2016年5月18日)
いわゆる「第1報」の弊害
本論に入る前に、次のような思考実験をしてみよう。仮に、とある日本全国に事業所のある会社が、危機対応の準備が何もできていない状態で大地震に遭遇したとする。被害のあった現場は広域で、次々と被害情報が入ってくる。この状況下で組織に何が起こるだろうか?
例えば地震発生30分後に次のような順番で第1報が入ってきたとして、組織トップが何を考えるか?を想像してみよう。
この会社は、全国に東京本社・5地方支店・24営業所・3工場を持つ組織であると仮定する。 報告① 東京本社が停電しています。各フロアで被害も出ているようです。5階で天井パネルが落ちた模様です。現在詳細を確認中です。 報告② 北陸支店は異常なし。 報告③ 熊本工場は揺れを感じませんでした。被害はなさそうです。 報告④ 大手町営業所で窓ガラスが3枚割れました。他は特に異常ありません。 報告⑤ 横浜営業所で、怪我人が1人いるようです。電気も止まっています。防災無線が津波からの避難を呼びかけているので、これから高台に避難します。 報告⑥ 静岡工場で重油タンクが炎上しました。現在、消火活動中です。重傷者も出ているようですが詳細不明です。 |
この「もどかしさ」がお分かりいただけるだろうか? この初期データの寄せ集めがそのままトップに流れたとしたら、次のような問題点が起こると想像される。そして残念ながら、この問題は多くの危機対応現場で起こっている現状でもある。
問題① 順番に報告が入ってくると初期の情報が記憶に残りにくい(状況の一覧性の欠如)
問題② 脅威のレベル感がないため何に集中すべきかを判断することが困難である(脅威の内容とレベルの欠如)
問題③ 現時点でもっとも深刻な被害に注意が向いてしまい、これから起こると考えられる被害への注意が希薄になる。たとえば現状では重油タンクの火災がもっとも印象に残るが、横浜営業所の津波被害は人的・物的に深刻な被害となる可能性がある(脅威の内容とレベルの欠如)
問題④ 現時点で情報の入っていない支店・営業所・工場に関する注意が希薄になる。何も問題がないために連絡して来ないのか、ひどい被害で連絡すらできない状況なのかが本社側ではすぐには判断できない(状況の網羅性の欠如)
問題⑤ 組織トップが何を判断すべきかが明確にならない
組織トップへの第1報は必要ではあるが、この例のように、スクリーニングも重み付けもされていない単なるデータの羅列を流してしまったら、対応の焦点を誤る可能性がある。状況を理解するためには一定の手法が必要なのである。 この弊害を防ぐためには、インシデントが発生した一定の時刻に、それまでに収集した事実情報ならびに今後の見込みについてのブリーフィングを行うことが効果的である。つまり、流れてくる情報の羅列にしたがって受動的な対応(Responsive)を行うのではなく、その時点での概況に応じて戦略的な対応(Proactive)に切り替える必要がある。そのためのツールとしてCOPを活用するのである。
ちなみに昨今、注目されている米国の危機管理手法ICS(Incident Command System)においても、初動アクション実施後に初回の情報共有(Incident Briefing)が組み込まれており、ICS版のCOPともいうべきフォームが用意されている(ICS Form201)。
それではCOPを活用した情報共有の手順を確認していこう。前回にも記したが、COPを活用する際には次の5つのステップを経る。
ステップ①:情報要求(平時のアクション) ステップ②:情報収集(危機発生時、以下同様) ステップ③:情勢判断 ステップ④:方針策定 ステップ⑤:方針採択 ステップ⑥:対応実施 (図1参照) |
COP徹底解説~危機管理を自動化せよ!~の他の記事
おすすめ記事
トヨタが変えた避難所の物資物流ラストワンマイルはこうして解消した!
能登半島地震では、発災直後から国のプッシュ型による物資支援が開始された。しかし、物資が届いても、その仕分け作業や避難所への発送作業で混乱が生じ、被災者に物資が届くまで時間を要した自治体もある。いわゆる「ラストワンマイル問題」である。こうした中、最大震度7を記録した志賀町では、トヨタ自動車の支援により、避難所への物資支援体制が一気に改善された。トヨタ自動車から現場に投入された人材はわずか5人。日頃から工場などで行っている生産活動の効率化の仕組みを取り入れたことで、物資で溢れかえっていた配送拠点が一変した。
2025/02/22
現場対応を起点に従業員の自主性促すBCP
神戸から京都まで、2府1県で主要都市を結ぶ路線バスを運行する阪急バス。阪神・淡路大震災では、兵庫県芦屋市にある芦屋浜営業所で液状化が発生し、建物や車両も被害を受けた。路面状況が悪化している中、迂回しながら神戸市と西宮市を結ぶ路線を6日後の23日から再開。鉄道網が寸断し、地上輸送を担える交通機関はバスだけだった。それから30年を経て、運転手が自立した対応ができるように努めている。
2025/02/20
能登半島地震の対応を振り返る~機能したことは何か、課題はどこにあったのか?~
地震で崩落した山の斜面(2024年1月 穴水町)能登半島地震の発生から1年、被災した自治体では、一連の災害対応の検証作業が始まっている。今回、石川県で災害対応の中核を担った飯田重則危機管理監に、改めて発災当初の判断や組織運営の実態を振り返ってもらった。
2025/02/20
2度の大震災を乗り越えて生まれた防災文化
「ダンロップ」ブランドでタイヤ製造を手がける住友ゴム工業の本社と神戸工場は、兵庫県南部地震で経験のない揺れに襲われた。勤務中だった150人の従業員は全員無事に避難できたが、神戸工場が閉鎖に追い込まれる壊滅的な被害を受けた。30年の節目にあたる今年1月23日、同社は5年ぶりに阪神・淡路大震災の関連社内イベントを開催。次世代に経験と教訓を伝えた。
2025/02/19
阪神・淡路大震災30年「いま」に寄り添う <西宮市>
西宮震災記念碑公園では、犠牲者追悼之碑を前に手を合わせる人たちが続いていた。ときおり吹き付ける風と小雨の合間に青空が顔をのぞかせる寒空であっても、名前の刻まれた銘板を訪ねる人は、途切れることはなかった。
2025/02/19
阪神・淡路大震災30年語り継ぐ あの日
阪神・淡路大震災で、神戸市に次ぐ甚大な被害が発生した西宮市。1146人が亡くなり、6386人が負傷。6万棟以上の家屋が倒壊した。現在、兵庫県消防設備保守協会で事務局次長を務める長畑武司氏は、西宮市消防局に務め北夙川消防分署で小隊長として消火活動や救助活動に奔走したひとり。当時の経験と自衛消防組織に求めるものを聞いた。
2025/02/19
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/02/18
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方