第2回 訓練の参加率を向上させる方法とは?
より多くの人に参加してもらうための3つのアプローチ
ニュートン・コンサルティング株式会社/
コンサルタント
奥 はる奈
奥 はる奈
立命館大学国際関係学部卒業。2004年から南海地震や新潟中越地震、スマトラ島沖地震などへの防災・減災活動に従事。ISMS・BCP支援などリスク対策コンサルタントを務め、女性目線の防災対策・BCPの講師や東京都一時滞在施設開設アドバイザーに就任。2015年ロンドン大学(University College London)で危機管理の修士留学後、2016年からニュートン・コンサルティング株式会社コンサルタントに。先進のBCP、危機管理の取り組みについての知見を活かし、グローバルBCPにも対応。メキシコ留学や30カ国以上を歴訪する中で危機管理のフィールドワークを展開、リスク管理能力を磨いている。
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前回は警報システムについて、一般的な概念や欧米の事例について紹介しました。「発信する側」だけが専門知識と情報を有し、「受け取り側」はそれを知らない、あるいは理解できていない、というようなことがないように、平時から双方のリスクコミュニケーションが必要ということを書きました。今回は、受け取り側の教育の機会ともなる訓練についてご紹介します。
編集部注:「リスク対策.com」本誌2015年1月25日号(Vol.47)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです(2016年8月30日)。本稿は著者がロンドン大学に在籍していた当時に執筆したものです。
白馬の奇跡
11月22日22時8分に長野県北部を震源とするマグニチュード6.7、最大震度6弱の大きな地震が起きました。家屋50戸が全壊しましたが、発生時刻が土曜日の夜で多くの家屋の中に住民がいたにもかかわらず、1人の死者も出ませんでした。その理由は多くのメディアで報じられていますが、地震後、近隣の住民が倒壊した家屋から農機具や山林整備の器具を使って住民を救助した、ということでした。
大規模な地震においては、警察、消防、自衛隊が救出、救助に駆けつけるまで時間がかかります。一方、時間が経てば経つほど救出率は下がってしまいます。もちろん、専門の救助隊でない一般市民が救助活動することの危険という別の議論もありますが、今回の地震は、近隣住民の共助、別の言葉を使うなら、隣近所が助け合う「近助」を象徴するものだったと思うのです。
都会に住んでいる方は、自分の住んでいる地域でも、白馬のように助け合えるのかどうか不安になったのではないでしょうか。都会では近年、コミュニティの希薄化が問題になっており、隣に誰が住んでいるのかさえ分からないということがしばしばあります。しかし、その状況は有事の際にはぜい弱性となって現れる可能性があります。自分が閉じ込められた時、誰かが気づいてくれるでしょうか?
あるいは、自分が無事でも隣人の方が無事なのかどうか、ということがすぐに分かるでしょうか?
南海トラフや首都直下などの大規模な地震となれば、建物が無事で怪我をしなかったとしても、食料等の支援物資が1週間以上届かず、被災者同士が助け合うというシーンも想定できます。
コミュニティと個人の防災力を高める訓練
地域の全ての住民や企業・組織などが、災害が起きた時に連携して何をすべきかをあらかじめ熟知し、発災後は状況を見つつ互いに協力して行動すれば、大規模な地震があったとしても、人的被害を最小限に抑え、その後の復旧・復興活動が迅速に行えます。
問題は、いかにしてその理想ともいえる状態に地域の防災力を近づけていくかです。
そのために必要なのが訓練です。地域住民や企業などが普段から防災訓練に参加すれば、皆が顔見知りになるし、加えて全員が発災後の手順を確認できます。
先日ロンドン大学で、この訓練の社会的な参加率をどう上げるか?ということについてディスカッションがありました。日本では一部をのぞき、訓練の参加率の統計や目標値がほとんど見当たりません。本来は住民の何%が訓練に参加しているのか把握した上で、計画的に施策を実施し、参加率を上げていく必要があると思います。
ただ、2014年12月に発表された東京都の「東京都長期ビジョン」では、2024年度を目標に、累計2000万人の住民が訓練に参加するという目標が掲げられました。訓練に参加可能な都民を約1000万人として単純に計算すれば、10年の間におよそ2回防災訓練に参加することとなります。しかし問題は、いかにそれを達成するかということです。
より多くの地域住民・企業が訓練に参加するにはどうすべきか、
大学でのディスカッションで取り上げられた3つのアプローチを紹介します。
法律で定められた義務としてのアプローチ
1つ目は、法律で定められた義務としてのアプローチ、つまり規制をかける方法です。日本では消防法第8条で、一定の規模以上の事業者や学校に、防災訓練を義務付けています。同じように、地域の住民や企業に訓練の参加を義務付けるのです。他国の例を挙げると、イギリスでは建物所有者に対し、最低でも年に1回の火災訓練と、毎週火災報知器と消火器設備の点検を実施することが義務付けられています。
日本と並ぶ地震大国であるチリでは、2011年の東日本大震災以降に、国民の防災意識が高まり、住民ら50万人以上が参加するというチリ国内で過去最大の訓練が実施されました。その成果からか、2014年4月に発生したM8.2の地震・津波では約93万人が迅速に避難し、犠牲者を6人に抑えられたということです。
2001年と2007年にいずれもマグニチュード8以上の地震が発生し、大きな被害がもたらされた隣国のペルーでは、2010年以降、巨大地震・津波を想定した国をあげての避難訓練が定期的に実施されています。2012年には全国民の約70%にあたる2000万人が参加した訓練が行われました。また、チリとの国境沿いで住民40万人が参加する合同訓練など、驚くほど大規模な訓練が実施されています。2013年以降も、国をあげての訓練を数カ月に1回のペースで実施。規模の大きさに加え、夜間の時間帯であったり、学校や企業などメディアを通じて国民へ広い周知・訓練の参加を呼びかけているというのは、驚くべきことです。
このアプローチの課題としては、訓練参加の強制力をどの程度までとするかということです。個人の権利を考えると、完全義務化は現実的には難しいでしょう。また、義務付けがされると、訓練を実施することだけに目的が置かれてしまいがちです。何のために訓練を実施するのか? という本質が見えなくなってしまったのでは意味がありません。しかし、国単位など広い範囲で地域の防災力を平均的に向上させるには、有効な手段と言えます。
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