トランプ大統領はメディア敵視を強めている(出典:Flickr)

米国、言論の自由の危機

「新聞なき政府か、政府なき新聞か。いずれかを選べと迫られたら、ためらわず後者を選ぶ」。米国の<建国の父>で第3代大統領、報道の自由や人権を定めた憲法修正条項(権利章典)の生みの親トーマス・ジェファーソンのよく知られた言葉である。「言論と報道の自由」は権利章典の第1条が掲げる米国文明の魂である。原点である(ジェファーソンには別の側面があることを歴史は伝える。彼は奴隷の女性との間の隠し子スキャンダルを追及する新聞がよほど憎らしかったのか、その後新聞批判を強めた)。彼は奴隷制に反対しながら、大農場で多くの黒人奴隷を使役していた。黒白矛盾した面のある自由主義者ジェファーソンだった。これは200年も前の話である。

今日、米トランプ大統領は、主要なメディアを「国民の敵」と断じ、共和党の重鎮からも「独裁者はそうやって物事を始めるものだ」と非難される有様だ。報道官の懇談から一部のメディアを締め出し、記者会恒例の夕食会の欠席を表明するなど対決姿勢を崩さない。だがその昔建国の父の醜聞にも迫った米国メディアの方も腰砕けではない。この先、トランプ大統領は安定した政権運営は望んでも得られなくなろう。新聞・TVをインチキ呼ばわりし、自由を守る闘いを侮っては大統領も長くはつとまるまい。

「ジャーナリズムの役割は権力を監視し、真実を追求することである」との真理は洋の東西においても永遠に不変である。

米国メディア、一斉に立ち上がる

ついに米国のメディアがスクラムを組んで立ち上がった。記念すべき日が来た。
「朝日新聞」(2018年8月18日付)から引用する。

<批判的なメディアは「国民の敵」>(見出し)
自らに批判的なメディアを「国民の敵(The enemy of the people)と執拗に攻撃するトランプ米大統領に対抗しようと、米国の多くの新聞が(8月)16日、報道の自由を訴える社説を一斉に掲げた。だが反発するトランプ氏は改めてメディアを批判した。民主主義の基本である「報道の自由」を軽視する最高権力者の姿勢は、米国民のメディア観にも影響を与えている。(トランプ大統領は米国の知識階級に属するのだろうか?)。
<トランプ節に対抗、米紙一斉に社説>
〇報道の自由掲げ400紙が賛同(小見出し)
一斉社説の取り組みは、有力紙ボストン・グローブの論説委員室が呼びかけた。同社によると、週刊誌など今後の掲載も含めて400紙以上が賛同しているという。「報道の自由」を共通のテーマとして、各社がそれぞれ書いた。ボストン・グローブ紙は「記者は敵ではない」と題し、「自由な報道機関を国営メディアに置き換えるのが、あらゆる腐敗した政権がまず着手することだ」「米国の偉大さは、権力者に真実を突きつける自由な報道機関に支えられている」などと訴えた。

同紙でオピニオンなどを扱うアイディア部のアレックス・キングスバリー副部長は朝日新聞の取材に、「各社で歩調を合わせて社説を掲げることで、米国民に対して『民主主義にとって報道の自由は大切だ』と伝えたかった」と語った。他社からの反響は大きいという。「米国の記者の多くが、メディアを敵と位置付ける大統領の言動を強く警戒していることを示した」。

今回の取り組みには、地方の主要紙であるダラス・モーニング・ニュース、デンバー・ポストなどの他、小規模な新聞も多く加わった。賛同したニューヨーク・タイムズは「気に入らない事実を『フェイク(偽)ニュース』とするのは民主主義の源泉を脅かす。記者を『国民の敵』と呼ぶのは危険の一語に尽きる」などと記した。

新聞各社のアピールを、米政界も後押しした。米上院は16日、「報道機関は国民の敵ではない」などとする決議を、与野党問わず全会一致で採択した。ただ他の有力紙であるワシントン・ポストやウォールストリート・ジャーナルは参加しなかった。新聞各社が連携することで、トランプ氏や支持者が「不正直な報道機関に不当に批判されている」と受け止める恐れがあり、対立をあおるトランプ氏の思惑にはまってしまう、との見方もある。独立性を守るためと参加しなかった社もあった。ワシントン・ポストは「組織的な取り組みには加わらない」と同調しなかった理由を説明した。

〇すぐに本人反論、追随する世論も(小見出し)
 新聞各社の一斉社説に対し、トランプ氏は16日朝、ツイッターで激しく反論した。「(ボストン)グローブが他の新聞となれ合いをしている」「フェイクニュースのメディアは野党だ。我々の偉大な国にとってとても良くない。だが我々は勝ちつつある」。

自らの姿勢に異議を唱える存在を、ひとくくりに「国民の敵」とみなす。民主主義の否定に等しい発言だ。トランプ氏とメディアの対立は2016年の大統領選期間から続いている。

女性差別や移民などへの不寛容な発言を繰り返す同氏を、米紙は多くは批判的に報道した。ネットメディア「ビジネス・インサイダー」によると、大統領選では240紙以上が対立候補だったクリントン氏を支持した。トランプ氏を支持したのは19紙に過ぎなかった。

トランプ氏の「エスタブリッシュメント(既得権層)」「エリート」批判は、メディアに対しても重ねられた。大統領に就任した後は、大手紙ニューヨーク・タイムズやCNNなど自身を批判的に報じる報道機関に「フェイクニュース」とのレッテルを貼って逆襲した。昨年2月には「フェイクニュースのメディアは米国民の敵だ」とツイートした。

トランプ氏の攻撃は、米国民のメディア観にも次第に影響を与えつつある。調査会社イソップが8月7日発表した世論調査の結果によると、調査対象の85%が「米国の民主主義のために報道の自由は不可欠だ」と答える一方、「ほとんどの報道機関が公正な報道を心がけている」としたのは46%にとどまった。

「報道機関は米国民の敵だ」と考える人は、共和党支持者で48%にのぼる。「大統領は悪い行いをした報道機関を閉鎖する権限を持つべきだ」との回答も26%あった。

敵意が、記者に向けられるようにもなった。7月末にフロリダ州タンパで行われたトランプ氏の集会では、大勢の支持者がCNNの記者に罵声を浴びせた。この記者は今月2日のホワイトハウスの記者会見でサンダース報道官に「報道機関は国民の敵ではないと認めて欲しい」と迫ったが回答は得られず、会見場から退出した。

報道機関側は、こうした風潮が記者への身体的な危害などにつながりかねないと懸念を深める。ボストンのテレビ局などによると、ボストン・グローブ社に爆弾予告があったという。ツイッターでは、一斉社説への賛否の書き込みが相次いだ。「報道の自由」というハッシュタグ(#FreePress)がついた投稿は「メディアは権力や不正と闘っている」「国民の敵ではない」と擁護。一方、「国民の敵」というハッシュタグ(#EnemyofThePeople)を含む投稿の多くは「オバマ(前政権)支持者が政権を転覆させようとしている」などと否定的だった。

<参考>
・主な社説
ボストン・グローブ(マサチューセッツ州)「米国の偉大さは権力者にも真実を突きつける自由な報道機関によって支えられている」

ニューヨーク・タイムズ(ニューヨーク州)「(メディアが)良い仕事をしたと思ったら彼らを褒めてあげて。改善できると思うなら批判して」

ダラス・モーニング・ニュース(テキサス州)「報道の信頼性を傷つけることで、権力者が民衆の監視なしにより強い決定力を得ることになるのは危険だ」

デンバー・ポスト(コロラド州)「記者たちは真実を追求して日々を過ごしている。記事に込められているには政治的意図ではなく、伝えたいという願望だ」

・トランプ大統領の主なツイート(16日朝)
「フェイクニュースのメディアは野党だ。我々の偉大な国にとってとても良くない。・・・だが我々は勝ちつつある」
「(ボストン)グローブが他の新聞と報道の自由に関してなれ合いをしている」
「本当の報道の自由以上に、我々の国のために私が欲しいものはない。実際は、報道は何を書いても言ってもいいが、大部分はフェイクニュースだ」