2015/07/08
防災・危機管理ニュース
奥はる奈(ロンドン大学大学院生)
政令指定都市である大阪市を廃止し、都制度に移行する―大阪都構想をめぐる議論は、この5月に住民投票に付される展開となりました。住民投票を前に、大都市行政のあり方などさまざまな議論が行われました。大阪で生まれ育った私としても、約1万km離れたロンドンから、この議論に注目していました。
防災学者の防災観点からの大阪都構想への厳しい意見、大阪湾沿岸の区において、比較的反対の票が多かったことから、大阪市廃止による南海トラフ地震の津波対策の後退を危惧した住民の反応ではないかという見方もありました。
ここでは、大阪でBCPセミナー講師をした経験や、東京都一時滞在施設のアドバイザーとして、東京における都と区の連携を現場で見たことを踏まえ、都構想の議論から垣間見える大阪と、日本の防災対策の課題を考えていきます。
東京より大阪の方が危険?
報道では、よく首都直下地震が取り上げられるため、東京のほうが危ないのでは、という印象を受けるかもしれません。しかし、実際には、それぞれの地震による被害者の想定人数は東京よりも大阪の方がはるかに多いのです。これは、東京では火災による被害者が多いのに対し、大阪は津波による被害者が多いからです。津波は、一瞬にして広範囲のあらゆるものを飲み込むため、死者は多くなります。東日本大震災では、津波によって、これまでの日本国内の自然災害の犠牲者を大きく上回る死者が出ました。世界のこれまでの災害を見ても、津波の人的被害は甚大なのです。また、南海トラフ地震や首都直下地震ほどの切迫性はないものの、大阪都心の上町断層の直下型地震の危険性は、以前から指摘されています。もし、この直下型地震が起きれば、被害者数は大阪市域内で約8500人(平成18年度想定)にも上ると想定されています。
東京・大阪の想定被害と要因・対策 ○首都直下地震 首都直下地震被害想定(内閣府)2013.12.19より引用 ○南海トラフ地震 南海トラフ地震被害想定(大阪府)2013.10.30より引用 |
しかし、それに反して、下記調査結果から見ると、市民や企業の防災に対する意識は、東京よりも大阪の方が低いと言わざるをえません。
東京・大阪の防災への意識 ○「防災を意識している」 ○「企業のBCP策定比率」 東日本大震災発生後の企業の事業継続に係る意識調査 |
南海トラフ地震や上町断層直下地震に備えるには、護岸の耐震化、住民の避難計画や体制づくり、住民参加の大規模訓練の実施、住民や企業の備蓄等の自主的な取り組み、それを促す普及啓発等を緊急に進めていく必要があると思います。
実は防災対策の主体は基礎自治体
一般に知られていないことですが、災害対策基本法によれば、防災対策の一義的な責任や住民への避難の勧告、指示の権限は、市町村長が持っています。東京都内の特別区も市町村に準じた権限となっています。地震や大規模な災害となれば、国の大臣や都道府県の知事がテレビによく出てきますよね。この方々は、自衛隊の出動、予算措置などの防災対策に関するツールは持っているものの、法的な権限や役割の多くは、基礎自治体の首長が責任を負うようになっています。南海トラフ大地震が起きた場合、30分程度で襲ってくる大津波から、何十万人の住民を迅速に避難させなければなりません。大阪市では、津波からの避難勧告や指示という多くの生命がかかった決断やオペレーションは、大阪市長が行うことになります。これが大阪都となった場合、それぞれの区の区長となります。これをどう考えるべきでしょうか?
広範に渡る市町村長の責務・権限 市町村長は災害対策の第一線の責任者 上記の対応を誤れば、住民の被害が拡大 <全国防災・危機管理トップセミナー>市町村における防災対策について |
では、東京都ではどうなっているでしょうか? 私がお手伝いをした帰宅困難者対策では、旅行者や行楽客のシェルターとなる一時滞在施設の確保は民間の協力が必要なため、防災対策のなかでも比較的難易度の高い政策です。しかし、京都市や川崎市、横浜市などの政令指令都市では施設の確保が進む一方で、世界最大のターミナル、新宿駅のある新宿区は、民間の協力が1500人分に留まっています。この原因は、新宿駅は、新宿区と渋谷区にまたがっていることが関係していると考えられます。また、1日の乗降客数300万人超の新宿駅を、人口約34万人の新宿区だけで対応するのはリソースとしても困難なのです。それに対し、政令指定都市にある京都駅、川崎駅、横浜駅は、人材・予算・関係団体との連携体制など、市の持つリソースを集中して投入できます。
このことから考えると、大阪市沿岸を、複数の区に分けた場合、南海トラフ大地震時の津波に備えた、迅速かつ大規模な避難、そのための体制づくりができるのだろうか、と疑問に感じます。むしろ、このような大災害には、法的権限が付与されている基礎自治体の規模を大きくしたほうが、比較的豊富なリソースを集中的に投入できるので、有利となるのではないでしょうか。もちろん自治体のあり方を決める上で、防災対策のみならず、経済、福祉などのさまざまな要素を考慮するべきですが、市民の命のかかった防災対策を優先して考えるべきという意見もあるでしょう。
問題なのは都構想より現行の災害対策基本法?
これまでは、現行の法制度を前提に、現行の大阪市と都構想を比較してきましたが、見方を変えると、日本の防災対策の大きな課題が浮き彫りになってきます。
もし、避難の勧告や指示の権限が、大阪都の都知事に法的に与えられているとなればどうでしょう?南海トラフ地震による大津波は、大阪市のみならず大阪湾全体に被害を及ぼすので、大阪市区域から堺、泉北、岸和田から岬町まで、統一的な避難対策やオペレーションが行えます。
以前リスク対策.com本誌の連載でご紹介したキューバの防災対策(「キューバから見る真のレジリエンス」)のように、国が強力な法的権限のもとヘッドクオーターとなり避難の勧告や指示をし、都道府県や区市町村、企業、住民組織があらかじめ定められた役割に沿って避難を行う方が、巨大災害には有効なのかもしれません。
また、東日本大震災後に設置された国の「災害対策法制のあり方に関する研究会」では、避難の勧告や指示の主体が市町村長、というのは、人口の多い大都市圏や大規模な広域避難では対応できない、という意見が多く見られます。
「災害対策法制のあり方に関する研究会」での市町村長の権限に関する委員の意見 ○避難勧告・指示の主体が市町村長なのには限界がある。首都圏、大阪圏の避難は国家的危機管理として重要な問題。2階以上の人には避難しないことをお願いするなど避難需要を減らし、集中する避難交通を空間的、時間的に分散させることが必要。 ○広域避難は首長単位のばらばらの避難指示では対応できない。都道府県知事が勧告・指示をする場合は市町村が大部分の業務を行えなくなったときのものであり、現行の災害対策基本法第60条の規定は広域避難に対応できるものではない。地方分権の流れで、市町村長に地域住民の命を守る責務を与えているが、地方分権の観点だけで議論すべきではない。 ○国・都道府県・市町村の権限と責任の問題を整理する必要がある。本来は、すべて基礎自治体である市町村が責任を持つのだが、大災害が起きたとき、 果たすべき役割が大きいはずの都道府県の役割が見えてこない。全体の仕事 を都道府県と市町村に割り振るなど枠組みを考え直す必要がある。 「災害対策法制のあり方に関する研究会」(第3回) 議事概要(2011.10.4)より抜粋 |
府と市の連携強化で安全・安心な大阪を
ご存知の通り、住民投票では、大阪都構想は市民の過半数の賛成を得ることができませんでした。しかし、依然として大阪を襲う大規模地震の危険は残っています。府と市が連携して、防災対策を強化していき、安全・安心な大阪を実現して欲しい。そして、「大阪が安全」ということが、神話ではなく、実効性の高い対策に裏付けられた言葉になることを、切に願っています。
Profile 奥はる奈(おく・はるな)
立命館大学国際関係学部在籍の頃から、南海地震の防災や新潟中越地震、スマトラ島沖地震への支援活動など防災・減災活動に従事。大学卒業後、企業向けのISMS・BCP支援などリスク対策コンサルタントとして活動し、女性目線の防災対策・BCPの講師や東京都一時滞在施設開設アドバイザーに就任。現在は、ロンドン大学で危機管理の修士留学中。これまで途上国をメインに30カ国をバックパッカーとして訪れ、個人的にも危機管理能力を身につけている。
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