2024/07/29
令和6年能登半島地震
震災被害を経て伝統を受け継ぐ
平成28年の熊本地震で大きな被害を受けた熊本城を見上げて「もうダメかもしれない」と呟いたのは、150年の歴史を持つ日本料理「おく村」の店主・奥村賢さんだ。城下町で料亭街として栄えた熊本市新町に店はある。震災以前から近隣の料亭が次々と廃業する中、「おく村」は暖簾と伝統を守り続けてきた。しかし、厳しい経営に熊本地震が追い打ちをかけた。「震災をきっかけに店をたたむ」という選択肢が頭をよぎる。実際に5店舗あった料亭のうち2店が廃業を決めた。そんな中、「おく村」は営業再開を決意、現在も料亭文化を守り続けている。震災後も事業を継続するために何が必要なのか。奥村さんの体験談を元に考えていきたい。
Q.発災当初のことを教えてください。
「もう店の再開は無理かもな」。割れた器や調度品が散らばった調理場や廊下、お座敷を歩きながら、頭をよぎったのは「閉業」の2文字でした。1999年に店舗兼自宅を鉄筋コンクリート造りに建て替えていたため、幸い家屋そのものに大きな被害はありませんでした。しかし料亭の顔でもある器や調度品は、ほぼ全てが破損しており、文化的価値のあるものも含めて2000万近い被害となりました。
地震発生以降、予約は全てキャンセル。周囲の状況を見ても「料亭で食事をしよう」と思える状況ではなく、楽しく食事をしている光景も想像できませんでした。「この状況で閉業を選んだとしても、お客さまも仕方ないと思ってくださるだろう」。そんな考えも頭をよぎりました。
ただ、地震発生からしばらくは、その日の生活を考えるので精一杯で、今後の進退を考える余裕はありませんでした。
お客さんがいたから再開を決めた
Q.どのように事業の再開を決めましたか?
当時雇用していた座敷スタッフ数名と調理場スタッフ3名から、「被害はない」と連絡を受けほっとしましたが、水道とガスも止まっており、復旧の目処が立つまでしばらく休業する旨を伝えました。若い板前は、「家に居てもすることがないし気が滅入るから」と、調理場の片付けを申し出てくれました。先代から大事にしていた器も廃棄しなければならないのは胸が痛くて、自分で作業を進める自信がありませんでした。そうした片付けを任せられる人がいることは、ありがたかったですね。
そんな中、SNSを通じて自身の無事と近隣の様子を報告すると、各地にいる仲間から支援の申し出が続々と届きました。熊本市内への配送がストップしているため、大牟田の友人の家を支援物資の送り先にさせてもらい、友人が趣味で持っている4トントラックで「おく村」まで届けてもらうことに。SNSに毎日「今必要な支援物資」を掲載していましたが、少しでも届けば御の字くらいに思っていました。ところが、連日4トントラックで配送しても間に合わないほどの支援物資が、全国から届いたのです。学生時代を過ごした石巻の仲間も、震災経験のある東北地方のみなさんや関東、関西からの方達から受け取った支援物資を3台の4トントラックにパンパンに積んで駆けつけてくれました。
Q.仲間の支援が背中を押したわけですか。
日中はSNSを見て、おく村のお客様だった方が支援物資の仕分けの手伝いに来てくださいました。避難場所に関する情報には誤情報も多く、情報の精査も必要でした。こまめに状況を確認し、物資を必要とする方に届けなければ、多くの方からいただいた好意を無駄にしてしまう。本当に寝る暇がないほど慌ただしい日々でしたが、毎日必死になって作業をしていたおかげで、気持ちが沈む暇がありませんでした。
地震から10日程経った頃でしょうか。「こんな時だけど、初孫の節句をおく村で祝いたい。予約を受けてもらえるだろうか」と、長く「おく村」を利用いただいているお客様から相談を受けました。1階の座敷は支援物資で埋まっており、水道とガスもまだ復旧していません。ありがたい気持ちと戸惑いの気持ちが入り混じる中、「水道とガスが復旧していたら、うちで祝ってください」とお答えしました。
4月末。連休初日に水道とガスが復旧。5月5日の予約を受けられると判断した時、私は店の再開を決めました。SNSで再開を報告すると、多くの方から応援の声が届きましたし、ご予約当日も、初節句を祝う喜びの声にほっとしていました。しかし、不安な気持ちも拭いきれないのが本音でした。なぜならその日以降、予約はゼロだったからです。
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