2023/11/16
事例から学ぶ
大手自動車メーカーの日産(神奈川県横浜市、内田誠社長)は、複雑化する操業リスクにBCPで立ち向かっている。事業再開のベースとなる従業員の自助力の強化に取り組み、継続したロールプレイ訓練で課題を繰り返し洗い出す。懐襟を開いたコミュニケーションでサプライヤーの意欲を高めている。
日産自動車(神奈川県・横浜市)
①スピーディな事業再開に向け、従業員の自助力を強化
・従業員へのアンケートで基本的な防災対策の重要性を再確認。トップと共に課題を共有。
②繰り返しの訓練で、継続的に課題を洗い出す
・ロールプレイ訓練は、あくまで課題を洗い出すために実施。「しっくりこない」を改善の契機に。
③サプライヤーに寄り添うコミュニケーション
・あえて“弱み”を見せる情報の伝え方で、サプライヤーの意欲を高める。共に歩みを進め、サポートも引き受ける。
災害後にBCPを検証し継続的に見直し
日産がBCPに注力し始めたのは2007年。新潟県中越沖地震がきっかけだった。最大震度6強を記録したこの地震で部品メーカーの工場が被災。国内の大手自動車メーカー各社は、操業を停止するなど大打撃を受けた。日産も各社と協力して復旧支援にあたった。
日産は発災時の先遣隊派遣や専門性の高い復旧サポート隊の整備を進める一方で、同年に災害対応マニュアルを整備。全社的なロールプレイ訓練も開始し、現在まで継続している。
同社危機管理&セキュリティーオフィス室長を務める山梨慶太氏は「これまで実際に被災したケースと訓練で振り返りを毎回行い、そのたびに対策を進めてきました。次の災害時にその対策が機能したかを検証しながらBCPを高めています」と話す。
中越沖地震以降に同社が影響を受けた災害は少なくない。東日本大震災後にはサプライチェーン見える化データーベースを整備。熊本地震の後に取引先の建屋別リスク管理を導入。その後北海道胆振沖地震での反省をもとに停電時の影響確認方法を確立した。一方、事前の備えには依然課題があるという。
山梨氏は「1つは、大地震が発生しないと考えている従業員が少なくないこと。東日本大震災でも直接的な被害がなかったためです。2つ目に、どんな対策をどこまで広げればいいのかの判断が簡単ではない。それにやるべきことが多い割に人材確保は難しい。3つ目に、取引先のBCPが進まない。広くて深いサプライチェーン強化をどうすればいいのか」と話す。
自助力向上でスピーディな事業再開
そこで日産では、リスク想定・対応方針を大きく見直した。トップ承認のもと2030年までに巨大地震が必ず起きることを前提とし、危機意識を共有。構内での死者と重症者ゼロを目指す。そのためBCPの4本柱、「従業員の防災自助力の向上」「会社における防災活動の強化」「被災地域への貢献」「事業継続・復旧の強化」を設定し、取り組みを明確化した。現在、それぞれのレベルアップに動き出している。
「従業員の防災自助力の向上」の重要性を山梨氏は「従業員の個々の防災自助力を上げていかないと事業の再開が遠退いていく」と強調する。同社では、防災自助力を調べるために従業員アンケート調査を実施。備蓄食料、災害要トイレ、家具の固定、地震の被災可能性、避難基準、要配慮者の有無などについて質問した。
特徴的だったのは災害用トイレ備蓄だった。従業員から『トイレって備蓄するものなんですね』との感想も聞かれたという。また、子供やお年寄りのように自力で避難所に行けない要配慮者の家族がいる人が3割を超えることも明らかになった。日産では日本語以外を母国語とする外国籍の従業員が少なくなく、その家族への支援も必要になる。「これらは会社として十分把握できていなかったところ」と山梨氏は話す。
従業員が会社に求める情報には、防災備蓄や被災・避難生活の体験談、応急救命、地震の揺れ体験、避難基準・避難行動・チェックリストなどが挙がった。関東大震災から100年目だった9月1日、内田誠社長兼最高経営責任者(CEO)がイントラネットでメッセージを発信。先に挙げた要望を中心に情報提供も開始したという。
「アンケートによって防災備蓄などの対策をきっちり進める重要性が再認識できたというのがトップの感想。トップや一般従業員の分け隔てなく、社員一丸となって防災自助力を向上させることが会社としての事業継続につながる。あらためて力を注ぐことになりました」
従業員に向けたBCP強化の一環として作成したのが、駆けつけ不要基準だ。発災時に参集する条件ではなく、あえて「駆けつけ不要」と名づけ方にも工夫した。「我々は『来なくていいよ基準』と言っています。参集基準と名付けると、這ってでも駆けつけかねないのが日本の文化。BCPとしては健全ではありません。本人や家族の被害状態によって、対応不要、リモート、駆けつける条件を定めました」と山梨氏は語る。
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