■3000メートルでの酷暑体験
「あ、暑い。もうヘトヘトだぁ…」。ハルトは一人つぶやきながら、昨日の山小屋でのあわただしい雰囲気を思い浮かべていました。
昨日の午後、北アルプスの太郎平小屋に到着して汗を拭いていると、急に辺りが騒がしくなってきたのです。見ると、頭にタオルを巻いた登山者が、両脇を抱えられ、おぼつかない足取りで玄関から入ってきます。どうやら救急救護室に連れていかれたようでした。
しばらくして山小屋の夕食が始まると、相席になったおじさんがハルトに声をかけました。「いやあ、注意せんといけんね」。聞けば救護室に搬送された登山者は熱中症にかかっていたらしい。そのおじさんは近くで医師と患者の会話を立ち聞きしていたので、詳しい状況を説明してくれたのです。
熱中症にかかった登山者は40代の単独行者で、室堂から五色ヶ原、そして薬師岳までの縦走に挑戦していたそうです。雲一つない快晴でとにかく暑かった。日差しを遮るものはなく気温もどんどん上昇し、全身汗だく。出発時に補給した3リットルの水は間もなく底をつき、そのうち暑さで出る汗ではなく、風邪をひいたときのように寒気がして冷たい汗に変わりました。
それに気付いたときには、ふくらはぎがつり、次いで体のあちこちの筋肉が痙攣し始めたのです。たまたま傍を通りかかった登山パーティが彼の異変に気づいて声をかけると、まだ歩けるとのこと。急きょ水に浸したタオルで頭を冷やしながら、診療所のある太郎平小屋に連れてきたというわけです。
■年々暑くなる山の夏
「医者に診てもらったら熱中症だったそうな。ふつう熱中症といえば、めまいや意識もうろう状態のことだが、暑いのに寒気がしたり痙攣が起こったりするとはね…」と、おじさんは締めくくりました。
ハルトの脳裏に、高温や猛暑にまつわる最近の夏山登山の記憶が走馬灯のように蘇ってきました。南アルプスの稜線を縦走中にあいさつを交わした登山者の言葉。「まるで熱したフライパンの上を歩いているようだ。山ってこんなに暑かったかなあ」。別の登山者。「楽しみにしていた白馬の大雪渓、こんなに雪が少ないなんて初めてだよ! どうしちゃったんだろう」
山は紫外線が強く、暑ければトコトン暑いエクストリームな環境であることは間違いありません。「しかしこの異常な気温の高さは、どう見ても普通ではない」とハルトは実感します。
最近のニュースでは、熱波が世界各地で見られ、それにともなう干ばつや森林火災も頻発していると報じています。ある記事によると、熱波は日本も例外ではなく、気象庁の歴代最高気温(40℃以上)を記録した市町村の8割は、気候変動の影響がより鮮明となった2000年以降に集中していると伝えています。
「もしこれが気候変動の影響なら、これからますます厳しい暑さを覚悟しなくちゃいけないな、山でも下界でも」。ハルトは喉の乾きを覚えながら、今日の目的地である三俣山荘までの長い道のりを、うらめしく思いました。
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