■"光陰矢の如し"は山も同じ?
一人気ままに山を歩くのが好きなハルトですが、当然のことながら、一人で歩くからこそパーティ登山よりも注意しなくてはならない点を実感することがあります。「山での時間管理」といえば少し大げさですが、予定通りのコースタイムで歩けなかったために、土壇場でコースをショートカットしたり、駆け足で下山したりといった経験もその一つ。
例えば最近、奥多摩湖から御前山を目指したときのこと。時折霧雨が頬をなでるあいにくの空模様でしたが、けっして歩行ペースを狂わせるような悪天候ではありません。登山計画で決めた通りの所要時間内で登って下りて来られるものと考えていたのです。ところが…。
尾根に取り付き、中腹の休憩ベンチまで来て一休み。時計をのぞくと、出発が遅れたわけでもないのに早くも予定より30分オーバーです。あれ? ずいぶんのんびり歩いたものだなあ、と思いながら、やがて目的の御前山に到達。山頂から少し下りたところにある瀟洒な避難小屋でおにぎりを食べ、出発間際に時計を見ると、ここでも「!」と思うほど時間が早く過ぎ去っています。
ここから彼は、大岳山まで行ってそこから東の尾根をたどり、麓から街へ向かうバスに乗る予定でした。ところが大岳山の頂上で時計を見ると、なんと登山計画の到達予定時刻より1時間以上もオーバーしています。このまま東の尾根をたどれば日が暮れてしまい、最終バスに間に合わないかもしれない。ハルトはやむなく最短で山を下りられる西の尾根をたどり、奥多摩駅に出たのでした。
■その原因を特定することは可能か?
いったいどうしたというのだろう? と彼は狐につままれたような気分でした。「いつもなら登山地図のコースタイムより少し早めに余裕を持って歩けるのに、僕ともあろうものが時間切れでコース変更だなんて。奥多摩だからよかったものの、これがアルプスの縦走だったら、行き暮れて吹きさらしの稜線で野宿することにもなりかねない」
「そういえば、会社でも似たような経験があるな。どんなに余裕を見てスケジュールを組んだつもりでも、いつの間にか作業が遅れて完成が遠のいていくプロジェクトの遅れと似ているじゃないか。何か原因があるにちがいない」。彼はこの不思議な山での時間の遅れについて、その種類や原因、対策をあれこれ自問自答しながら推理してみることにしました。
「まず、登山道に入ってから心身にブレーキがかかるようなことはなかったか? トレーニング不足で体調が万全ではなかった、あるいは何か考え事をしていて歩みが鈍ってしまったとか。朝家を出るときはいつも通り元気にスタートを切れたし、考え事をしながら山を歩くのはいつものことだしなあ」
「心を奪われるような印象的な風景に見とれていたことは? 確かに樹間から垣間見える霧のかかった奥多摩湖は幻想的だったけど、何十分も立ち止まって眺めていたわけじゃないしな。残る最後は、ひょっとして自分でも自覚していない心身の不調が原因ということはないか? 登山中は大汗かいてハアハア言いながら登っているから、それとは気づかなかったのかもしれない…」
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