■同窓会での思わぬ出会い
久々に参加した高校時代の同窓会でのことです。級友たちがお互いに楽しく思い出を語り合っているなか、会場の端っこで一人超然とワインを口にしている青年がいることにハルトは気づきました。誰だったかな彼は…。うーん思い出せない。
するとその青年の方もハルトに気づいたらしく、少し照れくさそうに近づいてきました。「木村…ハルトくんだよね?」
ハルトはうなずきながら、「ごめん、喉元まで名前が出かかっているんだけどちょっと思い出せなくて…」と分かりやすい言い訳をしました。
「ハハハ、僕は村上だよ」。ハルトは思い出しました。村上くんは高校時代山岳部に所属していて、当時登山にはほとんど興味のなかったハルトに潜在的な影響を与えた一人です。どちらかと言えば2人とも口数の少ない性分なので、お互いに語れる学校での思い出や話題はわずかでしたが、今はハルトも山登りに凝っていると聞くと、村上くんの目が輝き始めたのです。
「ハルトくんも登山を? 山はいいよねえ。そう言えば一つ忘れられない思い出があるので、ちょっと聞いてくれるかい? キミもこれから体験するかもしれないから、多少役に立つかもしれない」。そう言って彼は大学2年の秋、初めて「避難小屋」に泊まったときのことを語りはじめました。
■それはキビシく幻想的な一夜だった
「当時僕は、登山に加えてマウンテンバイクにも凝っていてね。ある時、買ったばかりのマウンテンバイクで雲取山へ登ってみようと企てたんだ。もちろん山道を自転車でのぼり下りするなんて、他の登山者からひんしゅくを買うのは分かっていたさ。多少うしろめたい気持ちはあったけど、若気の至りで決行しちゃったよ」
「麓の村から林道をたどって三条の湯まで登り、そこからマウンテンバイクを押して雲取山への山道をたどったんだ。のぼりは時間がかかるけど、下りは自転車でスイスイ走れる道もあるだろうから、十分に日帰り登山は可能だと思っていた。けれど考えが甘かったな。のぼりにえらく時間がかかってね。山頂手前の雲取山避難小屋で完全に日が暮れてしまったよ。まさに想定外の出来事さ。下山は危険なので、やむなく避難小屋に泊まるしかなかった。その日は平日だったから宿泊は僕だけ」
「避難小屋で一晩過ごした感想はどうだった?」とハルト。「あれやこれやでぜんぜん寝られなかった。で、ここからがクライマックスだ。夜中に小用をしたくなって、避難小屋のそばにあるトイレに行こうと小屋の重い扉を開けたんだ。そしたらね…」と彼は一呼吸置きます。
「闇の向こうから無数の光る目がじっとこっちを見ているじゃないか! おびただしい数の鹿の群れだった。避難小屋の周辺にわんさか集まっていて、もう、超ミステリアスだったなあ」
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方