県と政令市の役割分担

加えて、大規模災害時は県と政令市がうまく連携しないと乗り越えられません。災害時は、様々な課題が次々に発生する上、即座に対応しなければならないため、少しの行き違いからお互いの組織を信頼できなくなって、ぶつかり合ってしまうということが起きやすいものです。
熊本地震の場合、県と政令市がそれぞれ独立して災害対応を行いながらも、連携して対応できたという点は、県全体の復旧・復興にとって非常にプラスになったのではないかと思います。すなわち、県庁は、熊本市のことをそれほど考えなくても、他の被災市町村にマンパワーを集中させることができたのではないでしょうか。
今回の震災では、県と市が、それぞれの役割分担をはっきりさせるとともに、県の災害対策本部会議に熊本市の副市長を出席させるなど、相互の災害対策本部の情報を共有し、市と県・国との連絡調整機能を強化することができました。私も以前は県議会議員だったということもあり、県職員をよく知っていましたし、何より県と市の人事交流が普段からあったということが、今回連携を図るに当たってプラスに働いたのは間違いないと思います。

災害救助法の抜本的見直し

こうした経験を通じて、私が今後検討する必要があると感じているのは、災害救助法における県から政令市への権限移譲をどうするかということもさることながら、都道府県と政令市あるいは中核市など、災害時にも自らの組織で、ある程度体制を整えられる自治体が、それぞれ役割分担し、連携しながら対応する仕組みを作るということです。
また、これは、今後国として考えていくべき問題だと思いますが、例えば先ほど例にあげた「コールセンター」の委託経費は、災害救助法に基づく求償の対象にはなりません。コールセンター業務に限らず、あらゆる対応について、「これは災害救助法の求償対象なのか、そうではないのか」ということを、過去の事例等から確認していくわけですが、そうすると、被災自治体は間違いなく、判断に躊躇することになります。「これは災害救助費の対象ではない」、「これは特例としては認められない」となると、どんどん判断が遅れてしまう。そうならないようにするためにも、これまで、現在の災害救助法の元で、いくつもの大きな災害を経験してきたわけですから、これらの教訓を生かし、抜本的な見直しを行う必要があると思います。
特に、現在の災害救助法では、まずは「応急的に被災者を救う」ということを中心に据えて組み立てられていますけれども、それだけでなく、その後の復旧・復興まで含めたところで見直しを行っていかなければならないと考えます。

結びに――過去の災害「経験」に学ぶ

前震直後、当時の新潟県長岡市の森市長から一本の電話がかかってきました。「長岡市が中越地震の後にまとめた本を職員に持たせるので、読んでください。経験談が書いてあるので何かの役に立つと思います」と。私はその本を受け取り、読んでみました。すると、り災証明や廃棄物処理の問題など、長岡市が経験されたあらゆる課題への対応が書いてあったのです。私はそれを読むことで、熊本市で次に「何が起こるか」を具体的に予測できるようになりました。
災害対応に関しては、やはり、過去の災害におけるトップの対応に学ぶことが一番大切です。そこに全てのノウハウも、全ての失敗もつまっているからです。職員にとっても、実際の体験談が一番参考になるので、長岡市はじめ仙台市や神戸市など、過去に同様の大規模な災害を経験した自治体からいただいた災害対応の報告書は、非常に役に立ちました。避難所での対応なども、仙台市や神戸市など被災経験がある自治体から派遣いただいた職員の皆さんが、落ち着いてアドバイスをくださり、一度災害を経験した自治体というのはこんなにも心強いものか、と感じたことはとても印象に残っています。
災害はいつ起きるかわかりません。今回の震災では、物資の管理・配送や避難所の運営などに大きな課題を残しましたが、発生時間や季節などの条件が異なっていて、さらに多くの人命が失われるような状況だったならば、行政や自衛隊は人命救助が最優先ですから、対応は今回のものとは全く違っていたことでしょう。
今後も、南海トラフ地震など、大きな災害が想定されています。自治体・市民は、様々な状況・被害を想定した備えを、これまでに自分自身や他の誰かが「経験」してきた災害を教訓に、「自分ごととして」真剣に考えていかなければなりません。

 

大西一史氏 プロフィール

■生年月日
 昭和42年12月9日
■学歴
 平成 4年 3月 日本大学文理学部卒業
 平成22年 3月 九州大学大学院法学府
          修士課程修了
 平成26年 9月   九州大学大学院法学府
            博士後期課程単位修得退学
■職歴
平成 4年 4月   日商岩井メカトロニクス㈱入社
平成 6年11月 内閣官房副長官秘書
平成 9年12月   熊本県議会議員(5期)
平成26年11月 熊本市長

本インタビューから学ぶ危機管理トップの心得

冒頭にも書きましたが、このインタビュー内容だけでトップの行動の是非を検証することはできません。ただし、常にトップ、あるいは危機管理担当者が考えておくべきポイントはいくつかあったと思います。ここでは、「災害対応を高める平時の心構え」についての私見を述べさせていただきます。※あくまで個人的なもので、検証報告書の内容とは一切関係がありません。

見取り稽古を繰り返す
「過去の災害におけるトップの対応に学ぶことが一番大切です」。熊本地震における大西市長の対応には、さまざまな先人たちの経験が生かされていたと思います。
発災当初、何が起きているかまったく情報が入ってこない中でも、阪神・淡路大震災の教訓を生かして職員に外に情報を取りに行かせたこと、メディアを通じての情報発信ができない中でも、長野県の佐久市長が大雪への対応でSNSを使っての情報発信をしたことを参考にして自らTwitterで情報発信をしたこと、廃棄物処理問題などについて中越地震で長岡市がとった対応を参考にしたこと、など、いずれも過去の災害への他市町村のトップの対応がとても役立ったと話しています。
ただし、こうした過去の経験に基づく知見は、被災時にすぐに学ぼうと思ってもそう簡単に身につくものではありません。平時から、こうした情報にアンテナを立てておくとともに、どこかで災害や事故があった時には、「仮に自分だったらどのように対応するか」という意識で、常に見取り稽古をすることを癖にすることで、初めて災害対応に生かすことができるようになると思うのです。昔、危機管理の第一人者と言われる佐々淳行氏(元内閣安全保障室長)にインタビューをした際、「見取り稽古をするか、しないかで次の対応力は大きく異なる」と話していました。もしも、自分だったらどうするか──。「他山の石もって玉をおさむべし」です。
このほか、「任せる」ということについては、前回の宇土市長と同じことを話されています。トップとして何が課題でどう対応したのか、全体の共通点を見てみることも、1つの検証方法になると思います。