熊本地震を乗り越えた首長に学ぶ、災害時のリーダーのあり方
大阪北部地震、リーダーはどう動くべきか⁉
中澤 幸介
平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト「平成25年度事業継続マネジメントを 通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務」アドバイザー、「平成26年度地区防災計画アドバイ ザリーボード」。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」がある。
2018/06/19
熊本地震から2年、首長の苦悩と決断
中澤 幸介
平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト「平成25年度事業継続マネジメントを 通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務」アドバイザー、「平成26年度地区防災計画アドバイ ザリーボード」。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」がある。
朝の出勤ラッシュを突然襲った大阪北部を震源とした地震。出勤させるか、帰宅させるか、まず出社後に何をさせるかなど、判断に迷ったリーダーは多いのではないか。おそらくこれからしばらくの間は、同じように判断に迷う場面は出てくるだろう。危機発生時、リーダーはどのようなことを心掛けて指示をすべきか。熊本地震で被災した市町村長へのインタビュー内容をもとに、災害時にリーダーが留意すべき点を挙げてみたい。
熊本地震における首長へのインタビューで最も多く聞かれた言葉が「スピード」と「落ち着く」という真逆の言葉だ。災害対応においては、刻一刻と変わる事態に対して即断即決が求められる。しかしながら、落ち着いて行動しないと思わぬ失敗をしかねない。
8期連続30年近くも町長を務める嘉島町長の荒木泰臣氏は「慌てずに落ち着いて対応しなさい」と職員を言い聞かせた。市民を落ち着かせることはもちろんだが、まずは対応にあたる自分たちが落ち着かなくてはいけない。
一方、熊本県の蒲島郁夫知事は恩師であるハーバード大学教授の故・サミュエル・ハンティントン氏が唱えた「ギャップ仮説」を取り上げスピードの重要性を強調した。この理論は、人々は多くの期待を持っているが、その期待値は非常に短期間のうちに変化するということ。その期待に実態が素早く追いつかないと不満を生み、それが暴動にまで繋がる。つまり、期待値が小さいうちに期待に沿う状態を可能な限り早く作らなくてはいけない、そのために必要なのがスピードある決断だという。
本庁舎が使用不能となり、駐車場にテントを張って、災害対応にあたった宇土市の元松茂樹市長は職員が冷静に対応にあたれるようにするためにも「トップが悩んではいけない」と語った。しかし、緊急時にトップとは言え、間違った指示を出すこともある。大切なのは、それを是正する勇気と指摘してもらえる部下との関係だ。
「職員からのちょっと待ってくれ、という意見は聴き入れました」(宇土市長)。発災当初、市内の水が濁っていたが、それを止めると、市民の生活が困るので、防災無線で水を飲まないように放送をして水は流し続けようと指示をしようとしたところ、所管部長から、これは命にかかわることで、感染症でも広まったら大変なことになるから絶対やるべきではないと指摘され、方針を変えたという。何かを言いたくても言えない空気が最も危険だということは、災害時に限った話ではない。
災害時の対応は、一人でできるものではなく、部下はもちろん、関連部署、関連会社などに様々な業務を任せることが必要になる。
熊本地震において、最も揺れが大きかった益城町は、前震とされる4月14日の地震発生後に、多くの住民が自宅にいられない状況になり、避難所に押し掛けた。総合体育館に避難してきた人々が廊下に溢れ出て、「なぜメインアリーナに入れないのか」との批判が浴びせられる中、西村博則町長は、現場の職員から上がってきた「天井の一部が壊れている」との報告を受け、メインアリーナには避難者を入れない決断を下した。2日後に発生した本震では、メインアリーナの天井が崩落した。
もしメインアリーナに避難者を受け入れないことへの批判を恐れて、現場の意見を無視していたら取り返しのつかない惨劇になっていたはずだ。町長がこの職員の報告を信じたのは、その職員を信頼して現場を「任せて」いたからだ。ただし、現場の判断が正しいと思っても、他の状況も踏まえて、あえて別の決断をしなければならない場合もある。が、いずれの場合も前提になるのは相互の信頼関係で、原則として現地の状況が一番わかっているのは現場により近い人である。
ちなみに、元海上自衛隊の幹部に聞いた話だが、米海軍や海上自衛隊には作戦要務としてトップが決断するための3原則(適合性、可能性、受容性)があるという。①適合性とは、その作戦が使命を果たす手段として最適かどうか。②可能性は、その作戦が実現可能かどうか。そして③受容性は、犠牲および代償の評価である。益城町のケースは、外部にいることが危険な状況でなかったことから、「受容性」を十分に考慮し、天井の崩落リスクを回避するという決断を下したということになるが、こうした判断基準を考えておくことは、最終的な決断を下す上でも有効だ。
現場に任せられないトップは、自らが現地に出向く。ただトップが現地に行きたがる理由は、現場を信じられないという理由だけではない。例えば宇城市の守田憲史市長は「対策本部を動いてはいけないと思いつつも、私は市民から選ばれた政治家ですから、現場に出向いて“安心してください”と言わなくてはいけなかったのではないか」と当時の苦悩を打ち明けてくれた。首長は災害対応にあたる行政機関のトップとしての顔と、選挙で選ばれた市民の代表としての顔の2つを持っている。民間企業でも、リーダーたる人間が自治体で役員を兼ねて、どうしても現場を外れなくてはいけない人もいるかもしれない。もちろん目の前の災害対応を放り出すようなことはあってはならないが、もし、その場を外れざるを得ないなら、その指揮権限は誰かに委譲すべきだ。
熊本県の蒲島郁夫知事は「初動における指揮を、自衛隊OBの危機管理防災企画監に任せた」と言う。自分ができないことや、自分が行う以上によい結果が望めるのであれば、指揮権を移譲することは間違いではない。ただし、そのタイミングがあまりに早すぎたり、指揮権の移譲が場当たり的に行われたとしたら、対策本部長としての資質が問われることになりかねない。
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