国立研究開発法人防災科学技術研究所理事長の林春男氏と、関西大学社会安全センターセンター長の河田惠昭氏が代表を務める防災研究会「Joint Seminar減災」(事務局:兵庫県立大学環境人間学部教授 木村玲欧氏)の公開シンポジウムがリスク対策.comとの共催により1月18日に開催された。テーマは「コロナ対策と事業継続~withコロナ時代を生き抜く」。神戸市にある人と防災未来センターを会場に、行政、企業、医療機関がどのようにコロナに対応してきたか、登壇者がそれぞれの立場から発表し、ZOOMで中継した。シリーズでシンポジウムの内容を紹介していく。

本シンポジウムは、兵庫県立大学「令和2年度新型コロナウイルス関連研究事業」および、防災科学技術研究所「首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト」の成果・研究費の一部を利用して実施しました(双方とも担当者は木村玲欧)。厚く御礼申し上げます。

第4回は「科学的にリスクを明確にして正しく恐れる」をテーマに講演した阪医科大学附属病院感染対策室長 浮村聡氏の講演内容を紹介する。

会場となった人と防災未来センター「心のシアター」。ZOOMで講演した浮村氏の様子はスクリーンで投影された。

日本における課題と今後の対策における注意点

企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合の対応として取り決めておく計画のことを事業継続計画(BCP:business continuity plan)といいますが、歴史的には軍隊や航空会社などによってこうした考え方が誕生し、われわれ医療の世界でも対応するようになってきました。コロナ禍においては、ある部門が感染者と濃厚接触者で占められると、その部署が機能しなくなってしまいます。そこで、各部署のリスク低下のために感染対策の徹底やチームを分けて仕事をする計画が有効と考えられています。

われわれの身近なところの危機管理として一つの例を示しますと、2019年1月、高槻市が水道局に工事を発注したのですが、水道局が関西電力の図面を持っていなかったため、関西電力の2万ボルトの高圧線を夜中に誤って切ってしまった事故が生じました。当然停電が発生し、商業施設2カ所(駅地下のスーパー、デパート)と500人規模の工場2カ所、大学の計5施設が停電し、食料品売り場の冷凍庫の中のものが解けてしまうなどの被害が出ました。

大阪医科大学では夜中に急に電気が消え、非常電源は機能したのですが、復旧がいつになるか分からない状況となりました。外来もできなくなり、入院機能も低下せざるを得なくなりました。エレベーターはかろうじて動きましたが、多くの病棟では暖房がないので高槻市から毛布が提供されました。研究室のフリーザーもストップし、凍結標本は非常電源のフリーザーに緊急退避しました。温水付き便座も自動水洗も止まったので、ノロウイルスに有効なウェルセプトというアルコール消毒剤をトイレに配布しました。しかしながら、速やかに緊急対策本部が立ち上がり、定期的に情報交換をしながら、新しい手術棟では自家発電機を使って停電中に20例の手術を行うことができました。危機に際しては硬直した組織では機能しないので、竹のようにしなやかで折れないシステムが組織のBCPにとって必要だと考えます。

マスギャザリングの危機管理

コロナ禍においても、東京オリンピックの開催の可否が話題になっていますが、日本感染症学会と日本環境感染学会では、かねてから2020年のマスギャザリング、すなわちオリンピックに向けての感染症予防連携プロジェクトを計画していました。その基本方針は、「知らせて防ぐ」「適切な予防手段で防ぐ」「産官学で防ぐ」です。

そこにプラスワンとしてCOVID-19のコントロールが必要となったのですが、他にも夏のオリンピックにおける冬の南半球からのインフルエンザの持ち込み、結核・麻疹・風疹の持ち込み、ヒトコブラクダと接触した人のMARSの持ち込みといった危険性が存在します。アフリカには髄膜炎菌ベルトといわれている地域があり、髄膜炎菌を保菌したまま入国した人から若い人に飛沫感染すると、それこそ1日で命を失ってしまう危険が想定されています。そこで髄膜炎菌ワクチン接種がアフリカ対応のボランティアやホストタウンには必要と考えられています。これらの様々な感染症のそれぞれの危険性に対して、開催可能な基準を科学的に示していくことが必要になると考えます。

COVID-19対応における問題点

今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の問題点は「無症状でも感染させ、さまざまなことが分からない「病気」が「不安」と「差別」という感染症を生むと日本赤十字社が示しています。これらを改善するためには、科学的に標準化と可視化を進め、一体感を醸成することが必要だと考えています。標準化とは治療や感染制御の方法を標準化することであり、可視化とは、我々は定量的なPCRを行っており、ウイルス量を知ることで、この人は感染力が強そうだ、この人は大丈夫そうだというふうに、見えないものを何とか見えるようにすることと考えています。また精神的な問題は大きく、我々の病院では「One Teamで頑張ろう」と呼び掛けるビデオを作り、一体感を醸成しました。

2009年の新型インフルエンザ流行においては、大阪の中高校の第1例を診たのですが、当時も公衆衛生学的な予防には個人的予防と集団的予防の考え方がありました(図表1)。

図表1

水際作戦は有効ではなかったのですが、咳エチケットとワクチンは有効と考えられていました。またインフルエンザでは学校施設の休業が非常に有効でした。その理由は子どもが感染を拡げたからです。今回のCOVID-19はあまり子どもが運ばないので、学校の休業はあまり効果的ではなく、入国制限やロックダウンなどさらに強力な集団的予防策が実施されています。

Withコロナ時代を安全に生き抜くために必要なのは、適切な感染対策と経済活動の両立であり、そのためには科学的な検証、対策立案、結果の検証、計画の修正が必須と考えます。治療薬の開発は道半ばで、画期的な展開にはならないと考えられます。集団免疫は犠牲が大き過ぎるので、当然ながらワクチンに期待することになってしまうと考えます。

2002年11月に発生したSARSは、致死率10%のコロナウイルス感染症でしたが、感染拡大を抑え込むことができました。その封じ込めには3条件があったといわれています。SARSの発症者は皆が特徴的な肺炎を来すということ、肺炎を来さない軽症者や無症状の感染者に感染性はなく、人に感染させないということ、そして肺炎患者の潜伏期間や発症初期には感染性がないということです。それできれいに封じ込められたのですが、今回のCOVID-19はどの条件も満たさないので、メルケル独首相が言うように、全人類の5~7割が感染するか、ワクチン接種で抗体を有するようになるまで感染は拡大すると考えられます。