山下氏は「周辺には自社の従業員も生活し、多くが被災していることから近隣住民に対しても可能な限りの支援を行った」と説明する。仮に自社の事業を優先して、地元の支援などを怠れば風評被害が発生するのは各国とも同じだ。「信用を失えばビジネスどころではなくなる。そのことは世界中のグループ会社にも理解されている」と山下氏は語る。 

もう1つ、BCPがスムーズに発動できた背景としては、似たようなシナリオに基づく訓練を行っていたことも大きい。結果事象のBCPを世界展開 豊田通商グループのBCPの国内外拠点への展開は、2012年から本格的に始まった。東日本大震災ではサプライヤーが被災して調達の一部が途絶えたこともあり、2011年6月に取締役社長に就任した加留部淳氏は、従業員の安全確保とともに、安定供給の責任を果たすためグループ会社を含めたBCPの構築と強化を指示した。これまでに国内50事業、海外90事業の計140事業でBCPを策定している。世界規模でのBCP構築にあたっては、本社BCP推進室がコンサルタントとしてのスキルを身に付け、関連する事業部やグループ会社に対してBCPの策定支援を実施。モデル的にコーポレート部門と国内10事業を選定し、BCPを策定。そこでグループ展開するためのツールや手法を整備した。その後、2年間という短期間で、140事業を対象に、全各営業本部を通じ、最も重要な事業からBCPを作っていくことにした。 



対象とする事業については、BCP推進室と企画部が一緒になって選定。選定基準は、①顧客の生産ラインを止めるリスクが高い②社会的責任が大きい③代替がきかないリスクが高いの3点とした。 

BCPは、地震や洪水など、特定のリスクを対象にするのではなく、「建物が使えなくなったらどうするか」「人が会社に来られなくなったらどうするか」「工場や設備が使えなくなったらどうするか」システムが使え「ITなくなったらどうするか」など、経営資源ベースで、結果的に起こり得る事態を想定し、いわゆる“結果事象”型で策定した。 

内閣府では昨年、事業継続ガイドライン第3版を発表し、あらゆる事象に対して備えることの重要性を提示したが、こうした考え方を先行して取り入れた形だ。 そのため、基本的には、すべての経営資源が代替できるように整備されている。別のオフィスを使う、別の工場で生産する、在宅からの勤務に切り替える、別のシステムを使う─などだ。一方で、復旧戦略についてもBCP文章の中に落とし込み、代替資源での活動中に復旧を行う二段戦法をとっている。 

結果事象のBCPが機能したのは洪水だけではない。バンコクで今年1月に起きた反政府デモでは、デモ隊が道路を塞いで従業員が会社に来られない事態に陥ったため、事業用のパソコンを自宅に持ち帰れるように社内ルールを一時的に緩和することで、リモートアクセスにより事業継続ができた。

立地、歴史などからリスクを分析 
一方、こうした結果事象とは別に、事業拠点ごとに立地や文化、歴史などの視点からリスクアセスメントを実施し、対策を講じている。海外の拠点では、BCPを策定する2日間のセミナーを開催しているが、各地の災害事例などを初日に提示し、危機意識を持ってもらうなどの工夫もしているという。 

例えば、インドなら1999年にスーパーサイクロンが襲って9800人が死亡。2004年はスマトラ島の地震でインドにも津波が押し寄せ、2007年には大洪水が発生した、など。多くは、地震、水害などの風水害、津波、豪雪、山火事、大停電など。国によっては、例えば南アフリカでは労働者のストライキによる生産ライン停止もあるとのことで、こうしたリスクの対策も進めている。 

それでも世界規模でのBCP展開となると至るところで不測の事態も生じるという。今年も欧州では、突然の火災報知機の誤作動によって電気回線が自動的にシャットダウンしてしまい、ディーゼル発電の代替電源も使えず、1時間ほどの事業停止を招く事故が発生した。「BCPを作っていてもなお、想定外のことが起きて、お客様のラインを止めてしまうケースがある。今後は、こういう事例を全世界のグループ会社で共有し再発防止に努めようと思っている」と山下氏は改善策を説く。 

同社では、毎年5月と11月に社内でBCPの事例発表会も行っている。過去4回実施して、最初の3回は日本の事業体が発表したが、前回は、タイと南アフリカから担当者を招き、社長、副社長、取締役などの経営層も参加のもと報告会が行われ、タイの洪水への対応も発表された。