BCPにおいて最も考えたくないのは、建物が崩壊して使えなくなること。写真は阪神・淡路大震災で崩壊した六甲道駅(出典:Wikipedia)

■重要業務の実行が意味するもの

月日が経つのは早いものです。若干の不安を抱えつつ、半分ナーバス、半分ハッタリで臨んだBCP策定会議もいよいよ大詰めです。今回は「事業継続のための活動」について議論するのです。

事業継続のための活動とはすなわち「重要業務」を実行すること。ヨシオは重要業務の意義と目的を、慎重に言葉を選んで説明しました。

「本社が被災する。軽微な被害なら業務を止めて復旧に専念するという手もあります。しかし、復旧に何か月も時間がかかるとなれば話は別。いさぎよく休業して復旧だけに没頭することはできません。顧客や取引先のニーズに応えられなければ、やがて信用を失い、離れていってしまうからです。事業の"継続"という活動は、そんな危機感を抱く社長の決意、つまり仮復旧してでも事業を続けなければ!という社長の強い思いが原動力になっているのです」。

ヨシオは話を続けます。「では仮復旧とはどのような復旧なのか。例えば大地震で銀行が被災する。停電やネットワークの寸断でいつもの手順、いつものツールで業務を行うことはできない。ATMも止まったままです。そんな時のために、銀行業務の経験と知恵を生かして、コンピュータやネットワークに頼らない臨時の代替方法を前もって考えておいて、お客様のニーズに応えようとする。これが重要業務の仮復旧というわけです。

「具体的にはどんな業務をどんな風に仮復旧するんでしょうか?」との質問が出ました。ヨシオは答えます。「よく聞く話では、最も緊急ニーズの高い現金の払い出し業務がこれに相当します。もちろん店舗の中は危険なので玄関先にテントでも立てて対応に当たるのでしょう。入力業務はできないから現金払い出しの記帳は手書きで処理する。現金が不足しないように安全に運搬・補充・保管する仕組みもあらかじめ決めておくといったことです」。

■どんな会社も直面するリスク―人手不足

別の人からこんな意見が。「なるほど銀行は分かりやすい。では当社ではどんな業務が重要業務になるのでしょうか。各部署で多種多様な業務を抱えているから、すぐにはピンと来ないんだけどなあ」。

ヨシオは答えます。「ここ本社では、愛知工場で製造する製品の注文受付、工場への出荷指示、販売管理などのソフト面を一手に引き受けています。したがってこれらのうち優先度の高い業務が重要業務ということになるでしょう。しかし、ご指摘のように各部署には多種多様な業務がありますし、実際問題としてどこがどの程度被災するのかは神のみぞ知る、です。ですから部署ごと、業務ごとに仮復旧の方法を逐一考えるなんてナンセンス。その代り、いざと言うとき"そこに無いと困る重要な事業資源"をざっくり決めておくのです。ヨシオはホワイトボートに向かって、仮復旧手段の対象となる3つのキーワード―「人」「情報ツール」「建物・施設」と書きました。

「まずは"人"、つまり人員の不足について考えてみましょう。大規模災害が起こると、組織は否応なく人手不足の問題に直面します。こうした事態に備え、代替人員を確保する必要があります。このヒントは工場にありました。工場では従業員のスキルの一覧表を作っています。甲さんが欠勤したり都合でラインに入れない場合、甲さんと同等の知識やスキルを持つ他のスタッフがいるかどうかを一目で特定するために作成した一覧表です。本社のオフィス業務にもこれが適用できるのではないでしょうか」。

会議席からアイデアが飛び出しました。「ついでに自宅からどんな通勤方法でどのくらい時間をかけて本社に通勤しているかをリストに追加するのもよいですね。本人が出勤できなくても、ある程度業務に当たれる代行要員を絞り込むのは容易かもしれませんよ」。全員納得です。

■情報ツールを使った業務はどうするか?

「次は情報ツールについて。ここでのツールは広い意味で手段と捉えてください。パソコン、サーバ、電話、ファックス、LAN、インターネットなどです。大地震が起これば停電や回線の寸断、あるいは機器の故障などでこれらが使えなくなる可能性があります。そんな時に、これらを当てにせずに別の方法で業務を遂行しようというのがBCPです。重要業務に即してもう少しきめ細かに検討してみましょう」。

「まずは注文の受付と工場への出荷指示。これが最も重要な業務であることは間違いありません。今現在、顧客からの注文は電話とファックス、メール、そしてマーケットプレイスが主なチャネルです。万一会社が被災すれば、固定電話、ファックス、メール、メールはホームページの申し込みフォームとマーケットプレイスからの引き合いメールがほとんどですが、これらが一度に使えず、アクセスもできなくなります。しかし、何としても注文のチャネルは確保しておかなくてはなりません」。

営業部長が意見を述べました。「電話で直接注文してくる顧客はあまり多くないから、緊急時には本社宛の電話を工場に転送して工場の営業事務で受け付けても負荷は多くないと思う。ファックスも工場のファックスで対応できる。もちろん大災害の時は本社でなく工場直で注文してくださいと顧客に前もって周知してもらわなくてはいかんけど。これによって工場への出荷指示のプロセスも省けるね。問題はメールだ」。

これに答えたのはシステム管理課長です。「ホームページのサーバもマーケットプレイスも外部のサイトだから、どこであれノートPCをネットに接続できる環境があれば、まったく問題なくメールは見られるよ。設定によってはスマホからでも見られるかもしれない」。

「あと残るは販売管理業務ですが、これはまさに銀行と同じように、パソコンや回線が使えるようになるまで、手書きで売上や経費の出入りを記帳するしかないですね。もっとも実際には、ノートPCが1台でもあればエクセルのテンプレートを使って記録できます」。

■ワーストケースは建物に入れないこと

最後は最もやっかいな「建物が被災して立ち入り不能になったらどうするか」についてです。議論が紛糾して迷路にはまり込み、会議メンバーが思考停止に陥る可能性もあるので、これについては今後のBCPの課題として残しておこうとも思いました。が、なにしろ地震は天井知らずの脅威ですから、この件も現実的に起こり得ると考えておくにこしたことはありません。ヨシオはひとまずこの問題を投げかけてみました。

「これまでの議論は、本社の建物が無事で、被災した個所を修理・修復・買い替えなどをしながら、先ほど述べたような方法で必要最小限の重要業務を遂行するものでした。ここでは、もし本社の建物にひびが入ったり、地盤の液状化などでしばらく立ち入りできなくなったらどうするかについて、皆さんの知恵を出していただきたいと思います」。

ここでめずらしく専務が発言しました。「そりゃね、建物に入れないんだから二手に分かれて活動するしかないでしょ。一つは本社の復旧作業に関わるグループ。もう一つはどこか臨時に賃貸オフィスでも借りて必要最小限の重要業務を行うグループ、といっても大地震だと、近場のレンタルオフィスなんて同時被災してムリかもね。駐車場に仮設のプレハブを作るなんてどうかな。スタッフを募って愛知工場に出向してもらい、そこの事務棟で本社機能の一部を担ってもらうという方法もあるだろう」。

別の意見を提案したのは企画部長です。「これは適材適所の問題なんだけど、もし工場に出向する社員がうまく集まらなかったらまずいよね。だれでもよいから2、3人行けば何とかなるという話でもない。もし人員が不足するようなら、思い切って優秀なスキルを持つ事務スタッフをプールしている人材派遣会社にアウトソーシングするという手もあるかもしれない…」。

この問題に関しては決着を見るまでには少し時間がかかりそうです。

(了)