第9回:災対本部の活動の推進力はどこから来る?
災害時のネガティブ情報、公開する?しない?
BCP策定/気候リスク管理アドバイザー、 文筆家
昆 正和
昆 正和
企業のBCP策定/気候リスク対応と対策に関するアドバイス、講演・執筆活動に従事。日本リスクコミュニケーション協会理事。著書に『今のままでは命と会社を守れない! あなたが作る等身大のBCP 』(日刊工業新聞社)、『リーダーのためのレジリエンス11の鉄則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『山のリスクセンスを磨く本 遭難の最大の原因はアナタ自身 (ヤマケイ新書)』(山と渓谷社)など全14冊。趣味は登山と読書。・[筆者のnote] https://note.com/b76rmxiicg/・[連絡先] https://ssl.form-mailer.jp/fms/a74afc5f726983 (フォームメーラー)
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■災対本部の活動指針が見えない、決められない
ヨシオは、これまでのBCP策定会議が曲がりなりにもスムースに進んだことに安堵していましたが、一方で少し心の隅に引っかかることもありました。それは、災害対策本部の運営のことです。
最初の会議では、BCPに名を連ねたメンバーがどんなタイミングでどこに集合し、災対本部を立ち上げるのかまでを決めました。ここまではよかったのですが問題はその後。災対本部ではどんな活動をするのか。テーブルの前に座って指示を待つだけなら一膳メシ屋で注文を待つお客と変わらない。
トップの意思決定と指揮命令のもとに行動を開始するというのは理屈では分かるが、もう一歩踏み込んだ具体的な活動指針が欲しい…。ヨシオはモヤモヤ感を取り除くべく、たまたま用事で本社を訪れていた副工場長に少し時間を割いてもらい、このことを相談してみたのでした。
副工場長曰く、「工場は、被災したら一日も早く生産を再開できるよう復旧に全力を注ぐという揺るぎない目標がある。工場の災対本部はこれを念頭に置いて動くから、やるべきことは明確に決まっている。ヨシオ君から見ると、本社オフィスは工場ほどにはモチベーションがはっきりしないから災対本部の活動もはっきりしないということかな? でもね、本社が被災して業務が止まっているのに、災対本部メンバーが何をやればよいか分からず手をこまねいて見ているというのもヘンな話だよね。そのあたり、ちょっと想像力を逞しくしてみれば、いろいろ"やるべきこと"が見えてくるんじゃないかな」。
ヨシオは副工場長からアドバイスを受けた通りに、災害直後から復旧にかけての各ステップを想像してみました。すると、どうやら災対本部の"やるべきこと"のきっかけは、各ステップで入手あるいは発信する「諸々の情報」にあることが分かったのです。
■取り急ぎ入手したい情報はこの2つ
彼は紙とペンを用意し、「諸々の情報」として考えられる項目をまとめてみることにしました。
まず思い浮かんだのが「安否情報」。安否報告は「本人→会社」をルールとすることをすでに決めましたが、それを災対本部で受け身的に待っているだけでは十分ではありません。「安否確認シート」を作成して刻一刻と集まる安否情報を素早く集計し、その情報を掲示して災対本部の全員が共有することが大切。
次に「被災情報」。まず社内に関しては、ライフラインや建物、IT、OA機器、エレベータなどの被害状況の把握があります。運が悪ければ建物や敷地そのものに立入りできないこともあり得ますが、この情報収集が滞ると二次災害の拡大や復旧の遅れにつながるから注意が必要です。
社外の情報はラジオやインターネットから収集できます。道路や公共交通機関の運行状況、周辺の建物や施設の被災状況などです。復旧活動には従業員の食事や復旧活動に必要なアイテム(軍手や安全靴、工具セット、清掃用具その他)をどこから入手できるか、物資調達のための車両や燃料の調達に関する情報も必要となるでしょう。
そして、こうした情報を集約するためにも、安否確認シートと同じく「被害状況確認シート」をあらかじめ作っておき、災対本部員全員が一目で見られるような場所に掲げて共有することが大切です。ヨシオはこうした情報の種類を書き出しながら、震災を経験したある取引先の言葉を思い出しました。
「欲しい情報は集まらないわ同じ一つの情報があちこちから上がってきて混乱するわで、意思決定もままならない。正しい情報が手元にないとニッチもサッチもいかなくなってしまいます」。
■音信不通は困りもんです
さて、情報は集めるだけが目的ではありません。社内が混乱の極みにある時、外に目を向ける余裕はあるだろうか、とヨシオは思ったのです。もし顧客から納期の問合せや急ぎの要請が携帯電話やメールで来たらスムースに対応できるんだろうか、適切な返事をしそびれて信頼を損ねることになりはしないか。
ましてや何日も音信不通の状態が続いたりすれば、顧客や取引先は当社に対する心配を通りこして不信感をいだかないだろうか。ヨシオの心配の種はつきません。こうしたことを避けるために、彼は次の2つの情報をタイムリーに発信しようと考えました。
一つは「被災に関する情報」です。本社がどの程度被害を受けたかを、なるべく早い段階で関係先に伝えることが大切です。「当社は震災被害を受けたためしばらく休業します」みたいな、突然シャッターを下ろしたようなメッセージでは相手は納得しないでしょう。どの程度の被災なのかをはっきり伝える。できることならば、今後の製品の注文や出荷の取り扱いはどうなるのか顧客目線の内容も大切だと考えました。もちろんこれらは顧客や取引先のみならず、マスコミが知りたい情報でもあります。
次に「業務再開や復旧完了に関する情報」。被災情報をネガティブ情報と呼ぶとしたら、事業の再開や復旧見通しに関する情報はポジティブ情報と呼ぶことができます。当社の製品を当てにしているお客様ほどこの情報を待ち望んでいるに違いないとヨシオは考えました。
ずっと音信不通で、とつぜん「〇月△日より通常営業を開始致します」では、あまりに唐突です。相手の気持ちを汲み取るなら、少なくともその途中経過についても、何段階かに分けて発信することが必要でしょう。
■いかなる場合も情報発信のチャネルを確保せよ!
災害時にタイムリーに情報を発信することがいかに大切であるかは、過去の事例を見ても明らかです。熊本地震で壊滅的被害を受けたある自動車部品メーカーは、被災から復旧完了まで実に15回にわたってホームページから情報を発信し続けました。
当初は社内から、被害状況のようなネガティブな情報を流したら信頼を失ってしまうかもしれないとの反対の声が挙がったと言います。しかし結果的に良い意味で期待は裏切られました。社長は「積極的な情報発信が会社の信頼を守った」と述べたそうです。
実際問題として、業務機能が停止して混乱状態にある会社とお客様との間にはかなりの温度差があることは確かです。お客様に心配をかけまいと被災情報を非公開にすれば、疑心暗鬼が募ったり不信感を抱かれてしまいます。
一方積極的に情報を発信すれば、その情報をもとに顧客や取引先サイドで調整機能が働いて、自社の業務停止の影響がスポンジのように吸収されることも期待できるでしょう。「そうか、S社が被災して注文・出荷の処理ができなくなったのか。それではS社が業務を再開するまで一時的に他社代替品に切り替えよう」といったことです。
非常時にタイムリーに情報を発信するにはいくつか方法がありますが、基本的にはインターネット(自社ホームページやSNSの活用)が効果的でしょう。万一の際にこれらを戦略的に役立てようと思ったら、ふだんあまり更新していないホームページをきちんとメンテナンスし、災害時のネットへのアクセス手段を確保したり、SNSの使い方を学んでおくことも必要だなあ、とヨシオは考えたのでした。
(了)
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