第10回:燦然と玉虫色に輝く「重要業務」なのだった
重要業務って、そもそも何だろう?
BCP策定/気候リスク管理アドバイザー、 文筆家
昆 正和
昆 正和
企業のBCP策定/気候リスク対応と対策に関するアドバイス、講演・執筆活動に従事。日本リスクコミュニケーション協会理事。著書に『今のままでは命と会社を守れない! あなたが作る等身大のBCP 』(日刊工業新聞社)、『リーダーのためのレジリエンス11の鉄則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『山のリスクセンスを磨く本 遭難の最大の原因はアナタ自身 (ヤマケイ新書)』(山と渓谷社)など全14冊。趣味は登山と読書。・[筆者のnote] https://note.com/b76rmxiicg/・[連絡先] https://ssl.form-mailer.jp/fms/a74afc5f726983 (フォームメーラー)
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■「重要業務」とは何のことだ?
ヨシオは、BCP策定を命じられた直後に読んだいくつかの資料の中に「重要業務」という、分かったような分からないような用語があることがずっと気になっていました。「BCPでは重要業務を選定しなければならない」と書いてある。ところがその意味が資料によって異なるのです。
ある資料は「重要業務とは最も売上や利益の上がる事業のことである」としています。別の資料には「災害復旧のときに最も早く復旧しなければならない業務機能のことである」と書いてあります。ヨシオが参加したあるBCPセミナーの講師からは「安否確認などの重要業務を決めておくことが大切」などと言われたのを覚えています。重要業務とは「儲かる事業」のこと? それとも「早く復旧させる業務」? はたまた「安否確認や帰宅困難者対応」のような初動の活動のことかえ?
さらにまた、何よりもヨシオを当惑させているのは、事業継続の"継続"とは、他ならぬ「重要業務を続けること」を指すらしいということです。重要業務の意味がはっきりしないのに事業継続の議論に移ることはできません。この際「重要業務」の定義をはっきりさせよう。ヨシオはこれもまた副工場長に意見を求めることにしました。
「実は僕も最初は、重要業務の意味がよくつかめなかったよ。しかし初心に帰って、BCPは何をやり遂げるための計画なのだろうと自問してみたところ、やっとその真意がつかめたんだ。BCPには事業者としての使命や責任を果たすためにやらなければならないことがある。そのやらなければならないことが重要業務であり、これをいかに継続"するかが、BCPのカギなんだと思う。重要業務はBCPの目的そのもの、社長の思いそのものなんだよね」。
■急がば回れでBCPの目的を可視化してみる
帰宅途中の電車の中で、ヨシオは副工場長の言葉を思い起こしてみました。「事業者としての使命や責任を果たすためにやらなければならないこと、それが重要業務である。重要業務はBCPの目的そのもの、社長の思いそのものだ」。ヨシオは、次回の会議でつまずかないように、家に戻ったら何がともあれBCPの目的をノートに書いてみようと思い立ちました。
本社では何のためにBCPを策定するのだろうかと、彼は自問自答しました。最も根本的なことは「災害から従業員を守る」ことだ。会社によっては従業員だけでなく、家族やお客様、あるいは周辺住民といった人たちも含めることがあるかもしれない。まあ、どこまでを含めるかはともかく、人を守ることは、どんな会社のBCPにもはっきりと明記されていなければならないはずだ。命より優先されるBCPの目的なんてあり得ないのだから。彼は自分を納得させました。
もう一つは、例の「事業者としての使命や責任とは何か」を明確にすることです。この部分がうまく説明できないと、次回の会議は満足のいく結果が得られません。下手をすると「復旧だけでもけっこうたいへんでしょう。それだけでは飽き足らず、使命感や責任感をもって事業を続けるのですか? ちょっと無茶ではないかな」と反発を招きかねません。
人と財産を守るだけならこれまでの防災と同じだしな。事業者としての使命や責任と言ったって、そのまま日常業務を続けることぐらいしか心当たりはないのだが、しかし被災してそれができないからこそ復旧を急ぐという理屈になる。堂々巡りになっちまうなあ…。
■企業は災害をどう生き延びたのか
今一つ疑問の晴れないヨシオは、震災を生き延びたさまざまな企業の事例をネットで検索し、「事業者としての使命や責任」とはどういうことなのかを探ってみることにしました。
あるディスカウントストアの例です。震災による被害総額は甚大なものでしたが、負傷者はゼロで震災の翌日から営業を再開できたといいます。店内は足の踏み場もないほど商品やガレキが散乱していたので、店員はお客様の注文に応じて商品をレジまで持ってきたり、店内が完全に立入不能な店舗では店頭にテントを張って青空販売でしのぎました。また、自宅の被災や余震が怖くて自宅に戻れない人のために一時待機場所として駐車場を夜間も解放したとのこと。また、商品が品薄になってから物流センターに発注したのでは間に合わないので、必需品についてはプッシュ方式で供給したそうです。
通信設備事業者ではこんな例も。震災の後、その会社の社長は全社員の社有携帯に電話して安否確認をするよう指示、彼らの無事を確認後、全員出社を命じたそうです。
一見無茶とも思える命令ですが、社長は社員の顔色や家族の様子などを把握することが早期復旧の鍵と考えたのです。復旧や炊出し、地震情報収集などの作業に手分けして当たった結果、1か月後には通常の業務体制に戻ることができました。「全員を集めた決断は良かった。社員の実情に応じて役割を決めたので、社員のモチベーション維持と効果的でスムーズな作業につながった」と社長は述べたそうです。
なるほど、いろいろな知恵と工夫を生かしているんだな。ヨシオは「事業者としての使命や責任」の意味するものが見えてきたように思いました。
■災害ごときで事業を止めていられるか!
しかしもう一つ、やらなければならないことが残っています。それは副工場長が述べていた「重要業務は社長の思いそのものだ」を確認しておきたいと考えたのです。後日ヨシオは社長室にスケジュールの確認を取り、20分程度のインタビューを試みることにしました。
ヨシオ:「ご多忙の中、時間を割いていただきありがとうございます」。
社長:「なんのなんの」。
ヨシオ:「すでに趣旨はご存じのことと思います。会社が被災して事業が止まった時、社長がどのように意思決定されるのか、いくつか時間を区切ってそのケースごとにご意見を伺いたいのです。例えば復旧に2週間かかるとします。この場合には事業継続の是非をどうお考えになりますか?」
社長:「2週間程度で復旧できるなら、思い切って完全休業して復旧に専念するね」。
ヨシオ:「では復旧期間が2か月ではどうでしょう?」
社長:「うーむ、復旧のために2か月間ずっと会社を休業するというのはあまり現実的ではないね。顧客や取引先に迷惑がかかるし信用問題にも関わる。何らかの事業継続の手段を探さなくてはならない」。
ヨシオ:「では復旧期間1年では?」
社長:「1年間も事業を中断していたら、大切な顧客も有能な従業員も見切りをつけて離れていってしまう。借入金の返済もあるしな。とにかく何が何でも仮復旧の手立てを見つけ、事業の核となる必要最小限の業務だけは何とか続ける方法を模索するしかない。もちろんその1年間を食いつなぐだけの資金も必要だし」。
ヨシオはいくつか角度を変えてこのような質問をし、事業中断という危機的な状況に陥ったときの社長の真意を探り出すことができたのです。これで次回の会議はうまくいきそうだぞ。ヨシオは自信を深めました。
(了)
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