特集1指示の仕方を学ぶ

戦場の指揮官に学ぶリーダーシップ
現場が考え判断する

リーダーが必ずやらなくてはいけないことが「指示を出す」ということ。しかし、指示の仕方にも上手い、下手がある。特に災害などの緊急時においては、下手な指示を出せば、さらなる混乱を招く。欧米の軍隊の組織運営術をビジネスに取り入れてコンサルティングを展開するマッキニーロジャーズ日本・アジア太平洋代表の岩本仁氏は、現場が自ら考え判断できるような指示が重要と説く。

軍隊の命令系統には大きく2つの手法がある。1つがコマンドアンドコ・・ントロール(命令と管理)と呼ばれるもので、もう1つがミッションコマンド(方針の指示)と呼ばれるものだ。 

コマンド・アンド・コントロールは中央集権型のいわゆる完全なトップダウン方式で、ミッションコマンドは現場への権限移譲型とされている。つまり、現場リーダーが組織の方針のもと、自ら考え判断し、行動する手法である。 もともと、コマンド・アンド・コントロールによる命令系統は第二次世界大戦まで多くの国で取り入れられてきた。しかし、ここ30年ぐらい、NATO(北大西洋条約機構)軍や、アメリカ軍、イギリス軍が中心になってミッションコマンドの手法を確立してきた。 

なぜ、コマンド・アンド・コントロールが主流だったかといえば、かつての戦争は、大国対大国の争いで、極端な言い方をすれば、互いの指揮官が同じレベルの戦略を立てたなら、あとは資源がより多くあって、指揮官の戦略通りに忠実に行動できる軍隊の方が勝利する確率が高かったからだ。一人ひとりの兵士が、指揮官に期待されていることは、弾が飛んでこようが死を恐れず指揮官の言われた通りに行動すること。それが何よりも重要な指示命令の姿だった。戦略を考えるのは指揮官や参謀で、あとの人間は言われた通りのことをすることが求められた。 

ところが、大国対大国というような正規軍同士の戦いは、事実上、世の中から消え、対テロリスト戦や対ゲリラ戦へと戦争のスタイルは変わってきた。こうした戦争においては、事前に立てた戦略や作戦に基づき、大きな組織がそれを忠実に実行するといった戦い方は通用しない。なぜなら、ゲリラやテロリストは、目の前に陣地を構えているとは限らず、急に現れたり消えたりする「不確実な敵」だからだ。戦闘の勝敗は、作戦や兵の数、兵器の力の差によって決まるという単純なものではなく、現場、現場が組織の方針に従いながらも最適な意思決定をすることが求められるようになってきた。 

また、近年は多国籍軍による軍事行動も増えてきた。多国籍軍は多国の軍隊が集まってモザイクのように構成される。参加の仕方や程度も国によって違う、いわば「不確実な味方」を抱えた組織だ。しかし、各国の部隊がバラバラに行動するわけにはいかない。多国籍軍という1つのチームの一員として、同じ方針、目標を共有しながら、それぞれの役割を担うことが求められるようになった。こうした「不確実な敵」との戦いや、「不確実な味方」を抱えた組織が機能するために考え出されたのがミッションコマンドだ。

ビジネスにおけるミッションコマンド 
ビジネスにおいても、今の世界は、対ゲリラ戦と同じように、様々な部門が、様々な課題について成果を上げることが求められるようになってきている。経営者がそのすべての課題、言い換えれば「不確実な敵」に対して、どのように対応しろ、といちいち指示することは現実的ではない。さらに、子会社や取引先など「不確実な味方」が多くなっていることも戦争と類似している。 

危機発生時ともなれば、これだけ複雑化した社会インフラや、企業における事業展開について、経営者がすべてを把握することはより困難になる。広域な災害ともなれば、様々な機関との連携・協力も必要になる。その意味では、ミッションコマンドの手法が、より一層求められると言える。私はこの手法をビジネスに応用するにあたって「ミッションリーダーシップ」と名付けた。

WHATとWHYで指示を出せ 
コマンド・アンド・コントロールとミッションコマンドは、ミッションをいかに組織に伝えるかという指示の出し方と、どのようなリーダーをつくるかという2つのプロセスにおいて、大きな違いがある。 

まず、ミッションの伝え方については、コマンド・アンド・コントロールは、英語でいうとHOWを伝えることを特徴とする。例えば、あなたは、どのような武器を持って、どのように戦うかをトップが明確に決めて現場に忠実に従わせる。これに対してミッションコマンドでは、HOWは基本的に使わず、WHATとWHYで伝える。トップは、何をするか、なぜするのかだけを現場リーダーに伝え、あとは自分で考えさせる。例えば、「この町を24時間以内に制圧しろ。なぜなら24時間以内に本隊がここを通ってバグダッドに進むから」というような指示だ。その際、どのような武器を使って、どの方向からどのように町を制圧するかは現場リーダーらに考えさせる。 

したがって、リーダーのつくり方は、コマンド・アンド・コントロールでは、トップの命令に対して忠実に言われた通りのことを実行できるリーダーを育てることになるし、ミッションコマンドでは、トップの方針に対して、何をやるべきか自ら考えられるリーダーを育てることになる。

危機を生き抜くためにはミッションが不可欠 
しかし、人間の持つ習性としては、本来、コマンド・アンド・コントロールの方が自然であり、ミッションコマンドは、意識しないと実践できない。 

つまり、上司というものは自然の摂理として、部下に対して、これを、こうやれ、分からないならやり方を教えてやる、と細かなことを言いたくなる。危機の発生時には、この傾向がさらに強く表れることが、欧米の軍においては十分理解されている。 元英国海兵隊将校で、世界的なコンサルティング会社マッキニ―ロジャーズを立ち上げたダミアン・マッキーニは、「命を落とすかもしれないような戦闘においては、部下がパニック状態に陥り、まったく動けなくなってしまう事が起こる。その場合、必然的に全く想定外でかつ時間的にも追い込まれているため、上官が本能的にコマンド・アンド・コントロール式の細かい指示をそれぞれの部下に出しても、状況に対応した正しい指示である確率は非常に低い」と話している。 

そのような状況でこそ、ミッションコマンドにおいては、上官は各部下に明確なミッションだけを与える事に注力し、部下への全幅の信頼を示す事を実践する。「何をすべきかが明確で、全幅の信頼を与えられれば、恐怖の中でも人は考え、判断して行動する。その方が、命を落とす確率ははるかに低くなることが分かっている」とマッキーニは語っている。

自由と制約の範囲を明確にしろ 
ミッションコマンドを達成させる上で最も重要なことは、トップがその考え方で動くことを、全員にしっかりとコミットメント(約束)具体的に実し、践をすることだ。そのコミットメントがなければ組織の動きは変わらない。組織全体の方針を全員が共有し、一人ひとりのリーダーが、その方針を達成することに責任感を持つことで、組織全体のパフォーマンスが上がり、変化にも対応できるようになる。 

もう1点、重要になるのは、すべてを現場リーダーに判断させるのではなく、どこまでをトップが判断して、どこからは現場リーダーに判断させるのか、自由と制約の領域を決定することだ。組織論からすれば、各リーダーが取れるリスクの範囲になるが、「あなたはここまでのリスクは取れる、だから、そこまでは自由を与えるが、そこから先は制約する」というように、自由と制約の領域について、組織全体で共有認識を持たなくてはいけない。 

会社経営で言えば、お金が一番分かりやすい。「○○円までは、あなたが判断して使っていい、しかし、それ以上はダメ」というような線引きだ。 

危機管理についていえば、災害対応などにおいて各担当が受け持つ分野と言えるかもしれない。それらは、マニュアルなどで事前にある程度明確にしておくべきだが、危機対応では常に想定外の事が起こる。その際に、「制約」の線引きを明確にし、担当者に「自由」を与え最大限の力を発揮させることが、トップやリーダーの重要な役割となる。 

最後は習慣だ。トップやリーダーが、WHATとWHYでミッションを伝えることを、絶えず日常の中で、あるいは訓練で、習慣づけていくことが求められる。自分で考えて責任を持って行動することは、頭で考えただけでできることではない。危機管理においては特に訓練が重要になる。訓練でできないことが、災害時などにおいて突然できるようになるはずがない。

責任を取るとはやり遂げること 


危機管理においては、常にトップやリーダーの責任が問われる。では責任とは何か。 軍隊の世界では、腹を切るとか辞めるということは責任とは言わない。責任を取ることは、諦めずに最後までやり遂げることを言う。なぜなら、リーダーたるものは、その分野において、トップ(上司)が少なくとも自分よりいい成果が出せると期待して任命した人間であるからだ。 もちろん、すべてが必ずやり遂げられるとは限らない。その場合でも、分かりやすく言うなら、「最低でも、あなたの上司と同じか、それ以上のところまでは必ずやらなくてはいけない」ということ。そうでなければ、リーダーとして任された意味がない。