午前8時の少し前、コンソリデ―テッド・エディソン(電力会社)の環境衛生安全担当副社長のランディ・プライスが人を押し分けて私のデスクへやって来た。彼は4行のデータが書かれた紙片を私に手渡した。最初の行は一昨日グラウンド・ゼロの大気からとったサンプルのラボにおける分析結果だった。サンプラーを着用したコン・エディソンの従業員がビル崩壊の1~2時間後に現場の周囲を歩いていたのだ。他の3行はその従業員が同じときに通りの瓦礫から採取したサンプルの分析結果だった。瓦礫と大気には低レベルのアスベストが含まれていることを示すデータだった。

法定の閾値を超える試験所の分析結果を解釈するのは容易である。そうでないデータの場合はそれほど容易ではない。これらの分析結果は後者のカテゴリのものなので、私はコン・エディソンの解釈を求めた。

「粉塵中に含まれるのは1%未満で、大気中の含有量はOSHAの基準内に収まっている。現場の従業員への対策はどうしているのだ?」とプライスに尋ねた。

「レベルCの防護服を命じている」と。

「この濃度でムーンスーツ(月面宇宙服)?」と聞いた。

「そう、このデータは入手したばかりのものだ。レベルが上がりうることも考えてより高度の防護服にしているのだ」とのこと。

「マスク(呼吸器防護具)はどうしているのだ?」と質問した。

「顔半分のP100(マスク)だ、今は」との回答。

私はさらに突っ込んだ。「消防士には何がいいだろうか?」

プライスは彼の代理で、ブロンクス生まれのベテランの緊急事態マネジャーであるジョージ・コーコランを伴っていた。コーコランは私を見て、情熱を込めたしぐさで、手振りをもって語った。「このデータで言うのは難しい。全体を見なければならない。消防士にはP100ではないか」

「その必要があるのだろうか?」と私は言った。「この濃度ではOSHAの適用はない。大体消防がそれを持っているのかさえ分からない」

「それは難しい判断だ」とコーコランは認めたが、「しかしわれわれの職場では慎重でなければならない。ここにあるのは1カ所のデータのみだ。広く集められたものではない。しかし現場ではさらに悪くなるだろう」とのことである。

コン・エディソンはワールドトレードセンターの現場およびその周辺で作業をするすべての従業員にカバーオールの防護服とP100マスクの着用を命じていた。P100は大気中の物質の99.97%を除去する2個のカートリッジ・フィルターが付いた鋳物製の顔面マスクである。防護力がより強力である分、着用とメンテナンスはより困難である。これはどの職場でも同じであるが、その必要はないと証明するデータが得られるまでは、作業者に対する最大限の防護が求められる。

私は頁の一番上にある大気サンプルの分析結果を凝視して、ニューヨーク市消防に消防士を瓦礫の山から引き揚げるよう提案すべきではないかと思い悩んだ。瓦礫に囚われている人が1万5000人もいる、一体その救助を遅らせることなどできようか。

作業者にP100の装備を命じるということは、彼らが体力的にそれらを装着することが可能であるということが確実でなければならない。装着の実験と訓練が必要であったろう。その上、何個のP100を手元に確保できるのだろうか。

これらの全てのことが、OSHAの許容暴露量内に収まっている法的閾値以下のレベルであることを示す1カ所のデータにかかっているのだ。通常の作業現場では作業者にP100を装備させるのには不十分な1カ所のデータで?

統計的に有意であるには不十分なデータである。屋外の16エーカーの建設現場のあらゆる場所の状況につき何らかの結論を導き出すのには不十分なデータである。

しかしこれは通常の建設現場ではないのだ。

私はベン・モジカに電話をして安全勧告を変更した。その瞬間からニューヨーク市保健局はグラウンド・ゼロでのすべての作業者はP100マスクを着用すべきであると推奨した。

そこで私はいくつかを捜しに行った。市の購買機関である市総括管理局(Department of Citywide Administration Services)まで曲がりくねった道を歩いた。小さなデスクを囲んで5人が携帯電話をし、必死に書き物をしていた。一人が顔を上げた。局長代理のリサ・ザックスだった。

「リサ、半顔二重カートリッジ付きのP100と交換用フィルターカートリッジが1万個必要だ」

「どこで、いつ?」と彼女は聞いた。「ああそう、ところでP100マスクって何?」

私は長い列の先頭へ押し入ってOEMの交替指揮官であるリチャード・ロタンズのところへ行った。

私は彼にわれわれが何をしているかを話した。

「何、P100マスクだって?」とロタンズは聞いた。

私が説明すると彼は「お互いにどうやって話をするのだ」と言った。

「叫ばなければならないだろう」と答えた。「リッチー、分からないけど、大気の検査では、それを着用する必要があるのだ」と。

「それでは2万個にしよう。それくらい必要だ。ダウンタウンに届けるのだ。ニューヨーク市消防にはそれが来ると言っておこう」

第一段階は超えた。しかし数百人の建設労働者、ファーストレスポンダー、ボランティアがその下ではまだ火が燃えているワールドトレードセンターの瓦礫の上を這いまわっている中で、どのようにそれを実行するかを考え出さなければならなかった。