電磁気や電離層で研究進む

「あと数日∼数週間で、〇〇地区で大規模な地震が起きる」 。もし地震が直前に予測できれば、被害は大幅に軽減することができるはずだ。東日本大震災では何人かの専門家が巨大地震の前兆現象をつかんだ。その科学的な分析による地震の直前予測の研究が進められている。

日本では、地震の直前予知が可能とされるのは、現在のところ駿河湾付近からその沖合いを震源とする マグニチュード8クラスのいわゆる「東海地震」だけだ。それ以外の地震については直前に予知できる ほど現在の科学技術が進んでいないとされている。  

前兆現象として最も有望視されているのは、前兆すべりと言われるもので、 震源域(東海地震の場合、 プレート境界の強く固着している領域)の一部が地震の発生前に剥がれ、ゆっくりと滑り動き始めるとされる現象。気象庁は、 東海地域に設置した歪計 (ひずみけい) で前兆すべりをとらえようとしているが、 本当に捉えられるかは不明だという専門家もいる。  

ちなみに、観測された現象が前兆現象である可能性が高まった場合には、東海地震注意情報が発表され、ほぼ同時に、政府から防災に関する呼び掛けが行われる。さらに東海地震の発生のおそれがあると判断された場合には東海地震予知情報が発表され、 気象庁長官の報告を受け、 内閣総理大臣の判断の下、 警戒宣言が発布され、本格的な防災体制が敷かれることになる。

■東日本大震災で検知された特殊波計


一方、東海地震に限らず、地震の発生前にはほとんどの場合、地殻の破壊前にマイクロクラックと呼ばれる細かな破壊が発生し、それを捉えることができれば地震の直前予測が可能になるとして、研究を進めている専門家がいる。かつて緊急地震速報の技 術開発に携っていた藤縄幸雄氏(現ジェネシス株式会社チーフリサーチャー)は、地中の特殊なアンテナによる電界変動の観測をもとに、マイクロクラッ クによる電界変動を調査し、地震発生前に特徴的な波形を持ったパルス状の変動が発生していることをつきとめた。  

藤縄氏によれば、地震の前兆現象は、大きくわけて①地震現象、②地殻変動、③地下水異常、④電磁 界変動、⑤その他動物の異常行動など“宏観現象” といわれるものの5つがある。中でも、地震現象は、過去にも大地震の前に前震が多くの場合に起きていることから、破壊現象に直接的に関係しているという点では理解が得られているという。 中国では、 1975 年に遼寧省海城市一帯を襲った海城地震(マ グニチュード 7.0)に対して、世界で初めて前震をとらえて本震の直前に警報を出し被害を減らすことに成功したことが報告されている。しかしながら、 前震の急激な活発化などの関係は複雑で、いまだ予測に使われる状態になっていない。  

こうした状況に対して、藤縄氏は、東北地方太平洋沖地震の際のパルス状の変動を解析していた時に、岩石破壊実験で破壊直前において急増することが知られているマイクロクラックに注目した。プラスチックの下敷きなどを折り曲げて割る場合、大き く割れる前には、 ピキピキといくつものひびが入る。

これと同じことが岩石の破壊実験でも明らかになっており、さらに、その際、岩石が水を含んでいれば

電流が発生し、それによる電界変動の周波数やパルス数の変化に一定の法則を見いだせれば、地震が直前に予測できるはずだというのだ。  


藤縄氏は、 1989年から特別な地中アンテナによっ て地震・火山噴火に伴う電界変動の特性を探求してきた。特に注目していたのが特殊な波形を持ったパルス状の波形だ。研究は緊急地震速報の開発が本格化した 2003 年以降、中断していたが、昨年3月3日から、JST(独立行政法人科学技術振興機構)の事業として、改めて再開。図らずもその1週間後に 東日本大震災が起きた。  

この期間のデータ解析の結果、藤縄氏は3つの周 波数帯で特徴的な波形が出ていることを同定した。その中には、1992 年の調査で見つけていた波形も含まれていた。「今までマイクロクラックが増えると地震が発生するだろうということは分かっていましたが、それがいつの時点なのか特定することはできませんでした。今回見つけた3つの波形 の中では、地震発生前だけに発生し、地震後はまったく発生しない周波数帯域の変動を同定できました。その波形を追うことで高い精度での地震予知が可能になるはずです」 。  

今のところ、地震の規模や位置と波形の関係については、明らかになっていない。 「全国的な観測網 ができあがれば、どの程度の範囲におよぶ地震かが分かってくるはず」と藤縄氏は話す。  

藤縄氏は、関係者に対して各県 10 ∼ 20 カ所での 観測点の整備を呼びかける。観測には地下 200 メートル以上まで届くケーシングパイプをアンテナとする必要があるが「既存の井戸などを使えば費用は安く抑えられる」とする。井戸は地震による断水の際にも、生活水を得るのに役立つ。古来からの日本人の生活文化と、最新の技術を駆使すれば、地震大国発の世界に誇れる産業にもつながると藤縄氏は話す。

■電離層に異変が起きる
電気通信大学名誉教授の早川正士氏は、地震の発生前に、地上から 80 キロメートルほど上空にある 電離層が乱れることに着目し、すでに地震の直前情報を PC や携帯端末に配信する事業をスタートさせている。  

早川氏によると、電離層が乱れることについて地震との因果関係がしっかりと確認できているわけではないが、ラドンの発生に伴い大気の導電性が変化するロシア説や、地表面の乱れが大気振動として電 離層まで伝搬して電離層が乱れるなどの節が報告されているとする。

測定の方法は、電波が地表面と電離層を交互に反 射しながら進むという性質を利用し、その伝搬異常 をつかむことで、地震に伴う大気圏や

電離圏の乱れを捉えるというもの。  

米軍や自衛隊、電波時計などに既に使われている VLF(Very Low Frequency 超長波)の電波を利用し、送信局と受信局との電波の伝達特性を調べることで、伝送経路の近くで発生する地震を捉える ことができるとする。ある程度の受信局を確保すれば、広範囲が網羅できるそうだ。早川氏の過去10年以上におよぶ研究では、伝搬特性のズレや、電離 層に前兆的に異常が生じる日と、地震の大きさとの 相関は確立できているという。  

電離層が乱れたことを世界で最初に確認したのが 阪神・淡路大震災だった。対馬にあるオメガ局と呼 ばれる航行用の送信基地から通信総合研究所(東京 小金井)までの電波の伝搬特性を調べたところ、地震があった数日前から電離層の擾乱(じょうらん) が確認でき、地震後には、もとの状態にもどっていたことが判明した。  

現在、早川氏は、北海道の母子里と中標津、東京の調布、春日井、津山、高知の6カ所に観測所(受信局)を持ち、電離層の乱れを継続的に調査している。一方、送信局は、国内で電波時計用の JJY(福 島)と海上自衛隊の JJI(宮崎)局、海外では米国 海軍の NLK(シアトル) 、NPM(ハワイ)とオーストラリアの NWC の計3局からのもので、これ らの送信局と受信局の組み合わせから、伝搬異常を発見することで、 地震が発生するだろう場所、 時期、規模を推測している。  

現時点の観測地点数では、地震の発生地域を細かく特定するには至っていないが、2005 年8月 16 日 に発生した宮城県沖での地震では、母子里と福島の組み合わせで電離層の異常を観測することに成功し、他にもマグニチュード 6 を超える地震では多くが異常を捉えている。  

東日本大震災でも異常は捉えることには成功した。米国 NLK 局と調布、春日井、高地の各区間で 3月5日から6日にかけて明確な前兆が検出されていたのだ。ただ、その時点で海上での地震は想定しておらず、国内送信局だけの電波をモニタリングしていたため場所を特定するには至らなかった。この反省を踏まえ、現在は海外の送信局を含めた調査に変更している。  

直前の地震予測は、「十分な根拠がなく、人びと を不安にさせるだけ」との批判もある。  

しかし、地震大国である日本が、世界に先駆け、 この研究を進めていくことには大きな意味があるだろう。また、情報の受け手も、単に当たった、外れたとして評価するだけではなく、訓 練と組み合わせて活用していく、防災体制の見直しのきっかけにするなどの工夫が求められる。