2020/01/10
危機管理の神髄
ICSを実験する
10年間のうちにICSは南カリフォルニアの全域及び全国に広がって利用された。それはうまく機能したからだ。
それを習得し、活用するのは単純なことであり、単に山火事だけではなく、あらゆる種類の災害がもたらす混乱に秩序を取り戻すために利用することができた。しかもそれは災害の大小に応じて適用することができる、すなわち自動車事故から地震による大災害までの様々な事故や災害に使えるものであった。
ニューヨーク市で早くにICSを取り入れたのはOEMであった。パラレルな宇宙においては、市の膨大な官僚制度、中でもOEMの長年のライバルであるニューヨーク市警察とニューヨーク市消防との間のマネジメントに関してはICSが鍵であるということが分かっていたからである。
2001年の秋、OEMは市全体の災害訓練にICSを試行してみる準備をしていた。
大半の大都市およびすべての州と同様に、ニューヨーク市は伝染病あるいはバイオテロの攻撃があったときに、市民に予防的(保護的)抗生物質あるいはワクチンを配布するための計画を持っていた。そのような医薬品は840万人の市民一人残らずに迅速に与えられなければならない。
市全体の訓練は”オペレーション・トライポッド(Tripod)“と呼ばれた。トライポッドは”トライアル・ポイント・オブ・ディスペンシング(Trial Point Of Dispensing: 仮分配所)“の頭字語のようなものである。訓練のシナリオはテロリストが地下鉄内で大量の炭そ菌を放出したというものである。西53丁目のニューヨーク客船ターミナル埠頭92が大きな分配所(POD)として用意されていた。OEMは医薬品を求めてPODにやって来る民間人を演じてもらうために数百人の警察アカデミーの生徒と消防の研修生を雇用していた。薬のにせものとして7万個のM&M(チョコ)まで用意した。
オペレーション・トライポッドは9月12日の水曜日に予定されていた。市全域からジュリアーノ市長、警察と消防の本部長、FBIとFEMAの高官などのVIPがオブザーバーとして招待されていた。
9月11日の火曜日、OEMスタッフの多くは訓練を準備するために早くから来ていた。みんな忙しい一日になると思っていた。それがどれほどの忙しさになるかを想像できる者はいなかった。
攻撃
それは午前8時46分、5名のハイジャッカー(乗っ取り犯人)がアメリカン航空の11便をワールドトレードセンター北タワーの北側に衝突させたのが始まりだった。午後5時21分、ワールドトレードセンター7が崩壊し、ツインタワーが隣接する12以上のビルとともに瓦礫と化したときに終わった。
攻撃直後の数時間、消防士・建設労働者・ボランティアが煙の立つ積み上がった残骸物の間を掘って進む中、連邦・州・市の機関がごちゃまぜのアルファベットスープ(機関の略称がアルファベットからなる)のようにロウワーマンハッタンに注がれた。これらの機関(EPA、OSHA、HHS、NIOSH、PESH、COSH)の多くは何らかの形で被災した人たちの健康と安全に責任があった。
それらの暗澹(あんたん)とした日々の下、関心とリスクは非常に高かった。メディアはグラウンド・ゼロに集中した。一挙手一行動が、一言一句が拡大され過剰に分析された。ミスはキャリアの終わりであった。
瓦礫の上の作業者や近隣の住民の場合には各機関は必死に関わろうとしたが、責任を問われることになるだろうミスを避けるのにも同様に必死だった。
攻撃直後の数日間、ロウワーマンハッタンでは、作業者の安全や環境衛生などがあまりに白熱した問題となったために、通常であればそれらのことに責任のある官僚が突然かかわることをやめてしまった。
対応の尻尾
災害の映画であまり緊急事態マネジャーを見ることがない理由の一つは、彼らは”突然いなくなる“のではなく、携帯電話のイヤフォンを耳につけて、ノートパソコンにかじりつくためにじゅうたん敷きの会議室へ駆け込むからである。
パラレルな宇宙において、断トツに、最も重要な仕事をするのは、現場の警官と消防士と人道的な救助作業者である。これは戦術レベルのこと、あるいは対応における”歯車“として知られている。
同時にオペレーションセンターの中、あるいはその周囲では、チーム・オブ・チームズが編成されて、重要な情報や資源の面で現場対応の歯車を支え、その戦術レベルでは処理できない問題を解決する。
外部からは、対応の”尻尾“であるEOCは退屈のように見える。しかしその尻尾の働きが現場での結果に深い効果をもたらすことができる。
(続く)
翻訳:杉野文俊
この連載について http://www.risktaisaku.com/articles/-/15300
おすすめ記事
-
自社の危機管理の進捗管理表を公開
食品スーパーの西友では、危機管理の進捗を独自に制作したテンプレートで管理している。人事総務本部 リスク・コンプライアンス部リスクマネジメントダイレクターの村上邦彦氏らが中心となってつくったもので、現状の危機管理上の課題に対して、いつまでに誰が何をするのか、どこまで進んだのかが一目で確認できる。
2025/04/24
-
-
常識をくつがえす山火事世界各地で増える森林火災
2025年、日本各地で発生した大規模な山火事は、これまでの常識をくつがえした。山火事に詳しい日本大学の串田圭司教授は「かつてないほどの面積が燃え、被害が拡大した」と語る。なぜ、山火事は広がったのだろうか。
2025/04/23
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2025/04/22
-
帰宅困難者へ寄り添い安心を提供する
BCPを「非常時だけの取り組み」ととらえると、対策もコストも必要最小限になりがち。しかし「企業価値向上の取り組み」ととらえると、可能性は大きく広がります。西武鉄道は2025年度、災害直後に帰宅困難者・滞留者に駅のスペースを開放。立ち寄りサービスや一時待機場所を提供する「駅まちレジリエンス」プロジェクトを本格化します。
2025/04/21
-
-
大阪・関西万博 多難なスタート会場外のリスクにも注視
4月13日、大阪・関西万博が開幕した。約14万1000人が訪れた初日は、通信障害により入場チケットであるQRコード表示に手間取り、入場のために長蛇の列が続いた。インドなど5カ国のパビリオンは工事の遅れで未完成のまま。雨にも見舞われる、多難なスタートとなった。東京オリンピックに続くこの大規模イベントは、開催期間が半年間にもおよぶ。大阪・関西万博のリスクについて、テロ対策や危機管理が専門の板橋功氏に聞いた。
2025/04/15
-
BCMSで社会的供給責任を果たせる体制づくり能登半島地震を機に見直し図り新規訓練を導入
日本精工(東京都品川区、市井明俊代表執行役社長・CEO)は、2024年元日に発生した能登半島地震で、直接的な被害を受けたわけではない。しかし、増加した製品ニーズに応え、社会的供給責任を果たした。また、被害がなくとも明らかになった課題を直視し、対策を進めている。
2025/04/15
-
-
生コン・アスファルト工場の早期再稼働を支援
能登半島地震では、初動や支援における道路の重要性が再認識されました。寸断箇所の啓開にあたる建設業者の尽力はもちろんですが、その後の応急復旧には補修資材が欠かせません。大手プラントメーカーの日工は2025年度、取引先の生コン・アスファルト工場が資材供給を継続するための支援強化に乗り出します。
2025/04/14
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方