2016/06/14
誌面情報 vol46
被災後2週間でり災証明書発行
編集部注:「リスク対策.com」本誌2014年11月25日号(Vol.46)掲載の連載を、Web記事として再掲したものです。役職などは当時のままです。(2016年6月14日)
り災証明書とは、災害時に市町村が家屋の被害状況を調べて交付する制度。「全壊」「半壊」などの区分により、被災者生活再建支援金や税金の免除の金額が変わってくるため、り災証明書の発行は被災者支援の重要な第一歩となる。今回、福知山市が導入したのは京都大学、新潟大学、企業など産官学連携の支援チームが開発した「被災者生活再建システム」。どのようにり災証明書発行を効率化したのか。
具体的にシステムの概要を見てみる。まず、水害によるり災証明書発行には「水害調査票」が必要となる。しかし、調査票作成には建物の被害状況を判定し、数値化する作業が必要で、従来は内閣府が作成した分厚いマニュアルを読み解かねばならず、非常に困難な作業だった。支援チームはこの作業を簡素化するため、国のマニュアルと同じ結果が得られるように、デザインも含めてチェックポイントを整理しなおし、A3用紙の裏表だけで全ての項目が網羅できる調査票を新たに開発し、それをタブレット端末上で入力できるようにした。入力を簡素化するとともに記録や履歴を残せることが最大のメリット。システムを活用した結果、1件につき30分ほどの調査で済むようになったという。
内閣府では、水害の調査において、建物に対して大きな外力が加わった場合にのみ1次調査(外観調査)による簡易的な調査を認めている。一方で、今回の福知山市の災害は一部を除いて、内水氾濫による被災であったがために、2次調査(内観調査)から始める必要があった。2次調査では各建物に、居住者もしくは所有者の立ち会いのもとで立ち入り、建物を構成する部位を細かく判定しなければならない。そのため1棟あたりに要する時間は非常に大きい。これを、過去の経験にもとづいた手法、調査票、タブレットによるデジタル化を通して、大幅な時間短縮を実現した。
現場では調査が終了した家屋に関してGIS上でプロットすることで、調査班が同じ家を重複して訪問することや抜け漏れを防ぐようにした。地図情報は事務局でも把握できるため、リアルタイムで調査状況を把握することが可能だ。
調査票は判定基準を視覚化し、チェック方式で結果を入力する方式にした。また、判定手順を標準化し、判定根拠を数値化することで、専門家でなくてもある程度の研修を受ければ被災状況を調査できるようにした。
1カ月で6000件調査
今年の水害では、福知山市の初動は早かった。8月17日に水害が発生。翌19日には調査班を準備し、20日から調査を開始した。
システムを開発し、調査を指揮した新潟大学助教の井ノ口宗成氏は「水害で5000棟近い家屋が被災した。今年は1班につき1日15棟を調査するとして、2週間で終わらせるには20班作れば行けるんじゃないかと考えた」と話す。
班には1人必ず福知山市職員を入れることにし、残り2人は応援職員で賄った。班はピーク時には23班にも上り、1日300件以上の現場をまわった。不在の場合は連絡票を入れ、後日スケジュールを合わせて調査に入った。最終的におよそ1カ月で6000件をまわることができたという。
ただし、システム頼みでは人為的なミスが発生しかねない。タブレットに記入するよりも手書きの方が早い場合もある。そのため調査班は調査を終えた後、その日のうちに調査内容を第3者の目も交えてチェックし、データベースに反映することにした。
データベースに登録した調査案件は、即時にり災証明書の発行が可能になる。福知山市では市側の窓口などの体制を整え、被災から約2週間後の9月3日からり災証明書の発行を開始。9月中旬には2000件以上の証明書を発行することができた。
1日でも早い生活再建を
「り災証明書の発行は被災者の生活再建支援の第一歩。行政の義務として、1日でも早く発行してあげたい」と話すのは、福知山市福祉保健部社会福祉課主任の西躰一欽氏。西躰氏は昨年、被災した800棟の全戸に電話で連絡し、り災証明書の発行に取り組んだ。迅速で抜け漏れのない被災者台帳システムの必要性を痛感し、今年の導入を実現した。
発行に必要なのは家屋の調査だけではない。「誰が」「どこで」「どのように」被災したかを記録する必要がある。例えば同一人物が家を2軒保有して、住んでいない家の方にも「居宅」としてのり災証明書を発行してしまうと、支援金も2重取りが可能になってしまう。そのため、「誰が」を住民基本台帳で、「どこで」を固定資産台帳(物件課税台帳)で確認し、1世帯ごとにどの建物が主たる居宅かを確定しなければいけないが、その両者をヒモ付けするシステムが市役所にはなかったため、1軒1軒口頭で確認しなければならなかった。
そこで、市では「被災者生活支援再建システム」に加え、新たに「被災者台帳システム」を導入し、住基、課税、調査の台帳を1つのシステムに統合した。調査が完了すると、被災者には調査票番号が渡される。市役所のり災証明書発行受付でその調査票番号を入力すると地図が表示され、住基、課税台帳の本人確認候補が現れる。口頭で家族構成や家の建築年数などの簡単な確認を行い、住基、課税台帳の記載と食い違いがなければ確定し、り災証明書が発行できる。被災者台帳は役所内で必要な課で共有することができるため、例えば税務課では被災による減税処置をとることができるし、社会福祉課では支援金が適切に払われているか確認することができる。被災者にこれまでどのような処置が取られたかは、「業務対応状況」で一覧することもでき、この「業務」自体もエクセルで簡単に追加することができる。
システムでは住民の移動状況や、課税の状況が分かるため、被災者1人ひとりの引越しなどの移動履歴や、支援金の支払い状況、社会保険の状況なども確認することができる。既に導入している自治体では、当初は2年くらいでこのシステムは廃止する予定だったが、現在でも「被災者を見守る」目的で、被災者の情報を確認する職員が多いため、システムを稼働しているという。
り災証明書の問題点を解決
阪神・淡路大震災から始まったシステム開発
り災証明書は被災者にとって大切な証明書でありながら、従来は証明自体に法的根拠がなく、被災状況の評価方法は自治体任せになっていた。2013年の災害対策基本法の改正により、この証明書の交付が市町村長の法定事務と位置付けられた。
「(2013年の災害対策基本法の改正まで)災対法には市町村はり災証明書の発行のために『調査をしなさい』とは書いてあったが、『証明書を発行しなさい』とは書かれていなかった。厚労省や国交省の被災者支援メニューにも全て『り災証明書の発行に基づき』と書いてあるだけで、誰が発行するものか明記されていなかった。実際に2007年の中越沖地震では、『発行業務は業者に任せることも法律上は可能ではないか』という議論があったほどだ」(井ノ口氏)
1995年の阪神・淡路大震災は、伊勢湾台風以降で日本の主要都市が災害により壊滅的な打撃を受けた最初の事例となった。当時、社会基盤などのハード面の復旧と同時に着目されたのが仮設住宅などで暮らす被災者を社会に復帰させる「被災者の生活再建」だ。しかしその被災者支援の根拠としてのり災証明の公正さが、大きな問題となった。誰の家の財産がどのように被災したのか、正確に証明する手段がなかったためだ。
それからおよそ10年後の2004年に新潟県中越地震が発生。京都大学、新潟大学、企業らで立ち上げた産官学連携の支援チームは、阪神・淡路大震災の教訓を踏まえて市内の全建物の被害認定調査結果と、家屋の住民を照合してり災証明書を発行する仕組みを開発した。支援チームの目標は、り災証明を発行するだけではなく、り災証明を発行するまでに自治体が蓄積したデータを「被災者台帳」として構築し、「1人の取り残しもない」生活再建支援を実現することだった。
「攻めの行政」で被災者支援
支援チームが目指したのは自治体が行う調査内容を被災者台帳に落とし込み、り災証明の発行や支援金を申請してこない住民に対しては自治体からプッシュ型で申請を促すという、いわば「攻めの行政」で1人の取り残しもない被災者支援を行うことだ。2007年に発生した新潟中越沖地震における柏崎市で、支援チームは被災者台帳を構築する最初の機会としてり災証明書の発行をとらえることを実現した。柏崎市では建物被害調査の開始から2年間で、「1人の取り残しのない」一貫した生活再建支援を完成させたという。
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