水中ポンプの設置状況(画像提供:東京電力ホールディングス株式会社)

先人たちの知恵を生かす

一方、私は30年前にここで仕事をしていたときのことを思い出していました。私の上司は、その当時、毎日ドライブのように発電所内の巡視ばかりして「どこそこには井戸があって、そこから水を取っていたんだ」とか「川から伏流水というくみ方で町の中にパイプライン引いてやっていたんだ」とか、あるいは「昔の電気はこうやって取っていたんだ」とか、そんな話ばかりをしていたんですね。そんな話を聞かされては、「俺は仕事をやりにきたんだ」と思っていたのですが、こうした知識が本当に役に立ちました。
「あのときに伏流水というのがあったんだから、ここからのパイプラインが残っているはずじゃないか。そこをちょっと調べろ」という指示をして行かせたら、本当にあったんです。ただし、水を入れろと言って入れさせたら、パイプラインが津波でやられて穴だらけで、水が途中吹き出してしまい使い物になりませんでした。ところが、ここはやっぱり昔の人の知恵というか、年配の方が、「自転車を壊していいかい?」と言ってきたので、「いいですよ、何でも壊してくださいよ」と言ったら、流木を削って、そこに栓をして、自転車のチューブをぐるぐる巻いて直してくれました。こんな知恵を使いながら水を復旧させています。
最初に4000トンあった水はどんどん減っていきましたが、こうして水源を確保したことで、電源車でモーターを回しながら、パイプラインを使って水が送れるようになりました。しかし電源車というのは便利なようで不便です。2時間から3時間に一回油を入れないと動かないんですね。電源車を10台持っていって作業をしていたのですが、福島第一が爆発した後は、その作業を延々と放射線の環境下でやってもらうことは無理だと思ったので、次に、東北電力さんの管内に入って東北電力の電柱から電気を取ってきてくれという指示をしています。「そんなことできるわけじゃないですか。東北電力ですよ、ここは」と言われましたが、配電の支援に来てくれた東京のスタッフが本社の配電担当に言って東北電力に連絡してくれ、折衝した結果、OKを出してもらいました。本当に「東電(トウデン)ならぬ盗電」です。これができたので、ずっと水をキープできるようになったというのも非常に大きなところです。