2014/12/04
防災・危機管理ニュース
【特別寄稿】
丸の内総合法律事務所 弁護士 中野明安
平成23年3月11日の東日本大震災の津波で私立日和幼稚園(石巻市、休園中)の園児5人(提訴したのは4人の遺族)が亡くなったのは、園側が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が園側に計約2億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審(仙台高裁)で、平成26年12月3日、園側が和解金合計金6000万円を支払うことなどで和解しました。仙台地裁は昨年9月、送迎バスを低地に発進させれば被災するという程度の予見はできたと認定し、園側に対して計約1億7700万円の賠償を認め、園側が控訴していました。
異例の前文の意義について
今回の和解では、仙台高裁では和解条項に、通常の和解には付けない「前文」というものを付けました。その前文とは、つぎのようなものです。
「当裁判所は、私立日和幼稚園側が被災園児らの死亡について、地裁判決で認められた内容の法的責任を負うことは免れ難いと考える。被災園児らの尊い命が失われ、両親や家族に筆舌に尽くし難い深い悲しみを与えたことに思いを致し、この重大な結果を風化させてはならない。今後このような悲劇が二度と繰り返されることのないよう、被災園児らの犠牲が教訓として長く記憶にとどめられ、後世の防災対策に生かされるべきだと考える。幼稚園側と遺族側は当裁判所の和解勧告を受け止め、以下の通り和解する」。
この前文から読み取れる本件和解の意義、特徴は3点あります。
1 通常の和解は判決と異なり、当事者間における合意文書ですので、当事者が法的責任を認めるかどうかは記載されますが、裁判所が法的責任をどう考えているかは記載されません。しかし、本件和解の前文では、明確に裁判所の考えが第1段落で記載されています。
2 通常の和解は判決と同様に、個別の紛争の解決のためになされるものです。しかし、本件和解では、「この重大な結果を風化させてはならない。」「教訓として長く記憶にとどめられ、後世の防災対策に生かされるべきだと考える。」として広く社会における規範的意義があることを示しています。この点は裁判所からのメッセージを強く感じるところです。
3 教訓として生かされるべき、というのですから、(おそらくですが)この和解が公開されることを前提としていることが理解されます。通常の和解は判決と異なり、公開されることは前提となっていません。前文を設けたことおよびその内容も広く社会に送るメッセージと考えると、当該前文を設けた趣旨が理解できます。
裁判所の判断を和解で示すことの意義
私は、某新聞社仙台支局の記者から、5月以降、仙台高裁で和解協議が続いていることについて継続して話をしていました。同記者は「和解による解決が模索されているようであるが和解となってしまうと裁判所の判断が示されないこととなって、先生としては物足りないのではないか。」などと指摘していましたが、その際にも、「和解であっても、和解条項を工夫することで、今後の防災活動に役立つ教訓的和解も十分にできますから、判決でなければならないなんて考えていませんよ。」と答えていました。それよりも、判決は、当事者が納得したかどうかが分かりません。納得しなければ控訴という制度で再度、裁判所の判断を仰ぐということになり紛争解決には至りません。それよりも和解は当事者の納得を前提とした裁判の解決方法です。事件の終局的解決として和解が望ましいことは当然です。その和解において裁判所の判断も示されるということであれば、個別紛争の解決にも、社会的な規範定立にも資する画期的なこととなると思います。
和解条項の意義
そして、今回の裁判所の前文は、私の考えとまさにピッタリ合致してものであったので、正直に申し上げて驚きました。和解の前日に、同記者から電話があり、和解に前文が付くらしいが通常はどうなのかとか、その意味は?などの質問に答えながら、やや気持ちが高ぶっていました。
前文に続く和解条項は以下の内容です。日頃、事業者が軽視している防災活動に対する警鐘を鳴らしています。
第1項 幼稚園側は法的責任を認め、被災園児らと遺族側を含む家族に心から謝罪する。
第2項 幼稚園側は、幼い子どもを預かる幼稚園や保育所などの施設で自然災害が発生した際、子どもの生命や安全を守るためには、防災マニュアルの充実と周知徹底、 避難訓練の実施や職員の防災意識の向上など、日ごろからの防災体制の構築が極めて重要であることと、日和幼稚園では津波に対する防災体制が十分でなかった ことを認める。
(中略)
第5項 幼稚園側は、遺族側に和解金として計6000万円の支払い義務があることを認める。
(後略)
第2項は、個別解決における和解条項であれば、「日和幼稚園は津波に対する防災体制が十分でなかったことを認める。」で十分なのですが、裁判所や当事者の気持ちとして、「防災マニュアルの充実と周知徹底、 避難訓練の実施や職員の防災意識の向上など、日ごろからの防災体制の構築が極めて重要であること」が付記されているものと考えます。まさに「後世の防災対策に生かされるべき」との前文メッセージの具体化でしょう。
和解条項から誰が何を見いだすか
なお、この事件について、「幼稚園や保育所など、幼い子どもを預かる施設の防災対策の向上を求めた」ものと限定的に評価する考えがありますが、私は正しくないと思います。そもそも企業には、顧客、労働者に対する安全配慮義務が課されているのですから、安全配慮の考え方に異なるところはありませんし、「私の企業は幼稚園や保育所ではなく、幼い子どもが来ることもない」からこの事件(判決や和解)は関係ない、では、今回の和解に尽力した裁判所や当事者らの思いは全く通じないことになってしまいます。
危機管理の教訓は被災した者から被災していない者への伝承が極めて重要です。受け手の私たちの考え方、アンテナの張り方次第で、危機管理の教訓が100もの対策を産み出すか、まったく産み出すものがなかったりします。自らの被った苦痛、悲痛というものを社会における教訓とされることについて是としてくださった本件当事者の思いをどのように受け取ることができるかを考えるべきです。
この幼稚園は現在も休園中ということです。BCPの観点からも重要な教訓があるとお思います。この和解から何を見いだせるか。それは今後の私たち事業者の考え方次第によると思います。
防災・危機管理ニュースの他の記事
おすすめ記事
-
なぜ製品・サービスの根幹に関わる不正が相次ぐのか?
企業不正が後を絶たない。特に自動車業界が目立つ。燃費や排ガス検査に関連する不正は、2016年以降だけでも三菱自動車とスズキ、SUBARU、日産、マツダで発覚。2023年のダイハツに続き、今年の6月からのトヨタ、マツダ、ホンダ、スズキの認証不正が明らかになった。なぜ、企業は不正を犯すのか。経営学が専門の立命館大学准教授の中原翔氏に聞いた。
2024/11/20
-
-
リスク対策.com編集長が斬る!今週のニュース解説
毎週火曜日(平日のみ)朝9時~、リスク対策.com編集長 中澤幸介と兵庫県立大学教授 木村玲欧氏(心理学・危機管理学)が今週注目のニュースを短く、わかりやすく解説します。
2024/11/19
-
ランサム攻撃訓練の高度化でBCPを磨き上げる
大手生命保険会社の明治安田生命保険は、全社的サイバー訓練を強化・定期実施しています。ランサムウェア攻撃で引き起こされるシチュエーションを想定して課題を洗い出し、継続的な改善を行ってセキュリティー対策とBCPをブラッシュアップ。システムとネットワークが止まっても重要業務を継続できる態勢と仕組みの構築を目指します。
2024/11/17
-
-
セキュリティーを労働安全のごとく組織に根付かせる
エネルギープラント建設の日揮グループは、サイバーセキュリティーを組織文化に根付かせようと取り組んでいます。持ち株会社の日揮ホールディングスがITの運用ルールやセキュリティー活動を統括し、グループ全体にガバナンスを効かせる体制。守るべき情報と共有すべき情報が重なる建設業の特性を念頭に置き、人の意識に焦点をあてた対策を推し進めます。
2024/11/08
-
-
-
リスク対策.PROライト会員用ダウンロードページ
リスク対策.PROライト会員はこちらのページから最新号をダウンロードできます。
2024/11/05
-
※スパム投稿防止のためコメントは編集部の承認制となっておりますが、いただいたコメントは原則、すべて掲載いたします。
※個人情報は入力しないようご注意ください。
» パスワードをお忘れの方