【バンダアチェ(インドネシア)時事】インドネシアなどに甚大な被害をもたらしたスマトラ沖地震・インド洋大津波から、26日で20年となる。同島最北端アチェ州の州都バンダアチェでは「津波に流された船に乗って、奇跡的に助かった男がいるらしい」といううわさがあった。それが誰かは分かっていなかったが、バンダアチェ在住の男性がこのほど偶然見つけ出し、その壮絶な体験をまとめた本を自費出版した。
 「奇跡の男」は当時、軍用ボートを移動させる手伝いをしていたというザムルドさん(59)。バンダアチェの港で地震に遭遇し、海水が引いたため傾いた大型船(約2600トン)を元に戻そうと、乗り込んで作業していた時、大津波に見舞われた。
 とっさに手すりを強く握り締めたが、流れ込んだ海水の中で体は「体操選手のように」上下し、ズボンも脱げた。襲い掛かる波に押し出された船は、電柱をなぎ倒し、ビルの側面も破壊しながら市街地へ向かう。「住民が避難しているモスク(イスラム礼拝所)に激突する」と思った瞬間、2軒の家の上に乗り上げて止まったという。
 気が付くと、船は海岸から直線距離で5キロも流されていた。船にはザムルドさん以外に13人の船員もいたが、津波が押し寄せて来た時に全員飛び降り、亡くなっていたことも分かった。
 本を出したのは、奇跡の男を探し続けていたメックス・ワハブさん(50)。島北東部の北スマトラ州メダンにある別宅へ飲料水を定期的に届けに来てくれていたザムルドさんと、それとは知らず親しくなった。昨年6月ごろ、雑談の中で奇跡の男の話をしたところ、「それは私です」と打ち明けられた。
 日本で働いたこともあるというメックスさんは今年、ザムルドさんの体験を「THE WAVE RIDER(津波ライダー)」としてまとめ、1000部出版。インドネシア語、英語、日本語の3言語を併記し、イラストも自ら描いた。
 バンダアチェには、ザムルドさんを乗せたまま流された大型船が、今も「遺構」として残されている。長さ63メートル、幅は19メートルほど。メックスさんは自著について「今は観光名所になっている船や、バンダアチェの津波博物館に置いてもらい、津波を別の観点から理解する一助になれば」とほほ笑んだ。 
〔写真説明〕20年前のインドネシア・スマトラ沖地震で奇跡的に助かったザムルドさん=2023年6月、北スマトラ州メダン(メックス・ワハブさん提供・時事)
〔写真説明〕20年前のインドネシア・スマトラ沖地震に伴う津波で街中まで流された大型船=21日、アチェ州バンダアチェ
〔写真説明〕20年前のインドネシア・スマトラ島沖地震で奇跡的に助かったとされる男性について本にまとめたメックス・ワハブさん=20日、アチェ州バンダアチェ

(ニュース提供元:時事通信社)