気候とビジネスのリスク・シナリオ-第二部:最悪のシナリオ
2030年の最悪シナリオでは、農業、畜産業、漁業、林業の被害は取り返しのつかないものだった。今回は、食品製造・加工業界への影響を考える。ダメージは多面的だが、ここでは次の3つの観点から考えてみたい。一つは「気象災害による生産の不安定化」である。二つに「生産コストの上昇」、そして「グローバル・サプライチェーンの混乱」だ。まずは「気象災害による生産の不安定化」について推測する。
不安定化する生産
異常気象は豪雨、洪水、台風、などの自然災害を引き起こす。工場従業員の多くは通勤者である。大雨が降り続いて鉄道や道路が寸断すると出社・帰宅できなくなる。工場が大規模に浸水すれば生産はストップし、原材料や商品の入出荷に必要なトラック輸送も麻痺する。食品分野に限ったことではないが、4~11月ごろまでの期間は、天候悪化による大雨・土砂災害が日本の至るところで発生し、断続的な工場の休業が起こるようになる。
一方、熱波などの異常高温は別のリスクを高める。夏場の40℃超えが当たり前になる中、温度管理や換気が適切に行われていない工場では熱中症や脱水症にかかる従業員が増える。調理場や製造ラインが高温さらされたままの環境では、屋根や壁から強烈な太陽光の熱が浸透して火災のリスクを高め、熱に弱い機械設備は故障しやすくなる。
電力需給のひっ迫で停電も頻発し、冷凍・冷蔵庫の食材や商品の品質が低下したり、既定の品質(賞味・消費期限など)を維持できなくなったりする。猛暑が広域的、長期的に続くと水不足を生じ、大量に水を使用する食品工場ではしばしば操業停止に陥る可能性が高まるだろう。
生産コストの上昇
工場の生産コストを押し上げる要因は複雑かつ多様であるが、ここでは上に述べた慢性的な気候災害の影響も含め、いくつかの観点から整理してみよう。
まず、どの工場も、事前の災害対策と被害を受けた際の生産設備の修理・復旧には多くの時間と費用がかかる。こうした事前対策・復旧のための支出は増えることはあっても減ることはない。
一方、世界的な脱炭素へのシフトによるエネルギー価格の高止まりと、これに伴う製造プロセス・冷凍や冷蔵保管・輸送に関わるコスト、世界的な食品需要の増加と天候不順による原材料の品薄・品不足などが食品製造原価の上昇に拍車をかける。
食品ロスの問題も悪化する。現在、世界全体では食料生産量の3分の1が廃棄されており、解決が急務だ。とくに先進国では工場の過剰生産、まだ食べられる食材の流通過程での大量廃棄、家庭や飲食店が出す食べ残しの量が著しい。工場の「食品ロス」は、裏を返せば製造・輸送・廃棄処理費用の総体であり、解決できなければムダなコストを負い続けることになる。日本政府は2030年度までに食品ロスを2000年度比で半減する目標を掲げているが、このシナリオではほとんど達成できないと見る。
食品業界におけるもう一つの課題である脱プラスチック化は進むだろうか。商品の保護や品質・衛生状態の保持、デザイン性確保などのために、実に多種多様なプラスチック容器を使用している。代替素材の開発するにもコストがかかる。実用化できたとしても、気候変動対策として広く普及するまでは高価格のまま使用せざるを得ないだろう。
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