■ヒデさんの悲惨な顔の原因は…
ハルトは出社直後、会社の山の先輩ヒデさんとエレベーターで鉢合わせになりました。いつもなら「よっ!」と笑顔で声をかけてくるのですが、今日は様子が変です。顔のあちこちに小さな絆創膏を貼り、そこからはみ出した皮膚は赤く腫れています。体中からメントールのような匂いをプンプンさせ、歩き方もぎこちありません。
「ヒデさん…、大丈夫ですか?」とハルト。ヒデさんは気だるそうに答えます。「集団攻撃に遭ってしまった」「えっ!、 誰かにやられたんですか? 警察には届けましたか?」「いや、そうじゃないんだ。詳しくは昼メシを食う時に説明するよ」と言って去っていきました。
今日は外食を控えたいというヒデさんの要望に応え、二人は会社のラウンジの隅のテーブルで弁当とお茶の昼食です。弁当が空になる頃、ヒデさんは語り始めました。
「週末、バリエーションルートを歩くのが趣味の山仲間に誘われて丹沢へ行ってきたんだが、ヤブこぎをしているうちにヤツらのえじきになってしまったよ。ヤマビルとブヨとマダニの三重攻撃だ。熱は出る、ひどい痒みに襲われる、急いで皮膚科へ行って診てもらったんだが、薬を塗ったり飲んだりしたからといってピタッと症状が収まるわけでもない。先生からは絶対に掻いちゃダメだよと言われているんだが、掻かずにはおれん」
■待ち伏せと奇襲が得意のやっかい者
ヒデさんは続けます。「今思えば、マダニはヤブこぎの最中に取り付いたんだろうが、気がついたのは帰宅してカミさんから"うなじに大きなホクロがあるわよ"と指摘されてからさ。血を吸って膨れたんだろう。ヤマビルは沢で休憩している時にくねくねとやって来て吸い付いたに違いない。ブヨも沢筋でだ。ただの小蝿かと思って無視していたら、そのうち腕や首筋のあたりが猛烈に痒くなってきた。当分はトラウマで山に行けそうもない…」
あまりに気の毒でハルトは掛ける言葉が見つかりません。
「悔しいから僕はネットでヤツらの生態を徹底的に調べてみたよ。ヤマビルやマダニはゲリラ戦が得意なんだ。ゲリラ戦とは攻撃する相手を特定せず、戦場ではない場所に身をひそめ、そのチャンスが来ると少数の部隊で奇襲をしかける戦法だ。彼らは、そばを通りかかるものはヒトでも動物でもかまわない。呼気を感知できた相手が攻撃対象だ。生きものが通りかかるのをひたすら石のように待ち続け、好機が到来すると大胆かつ可及的速やかに目的を果たそうとするんだ」
「ゲリラ戦法ならこんな話を聞いたことがあります」とハルト。「優勢な敵を消耗戦や神経戦に持ちこんで、相手の行動を阻害するというのです。ヤマビルやマダニも同じですね。ひとたび彼らにやられると登山の意欲は減退し、失礼ながら今のヒデさんのような心境に陥ってしまうのでしょう」
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