■居てもたっていられず秋山へ直行!
初夏と秋。これはハルトが1年で最も好きな山の季節です。初夏はみずみずしいもえぎ色の若葉が、とくに早朝や夕方に斜めから射す陽光に照らされると、金粉をまぶしたようにきらきらと美しく輝きます。
秋はまた別格。黄色や赤、そして常緑樹の緑が織りなす錦絵の世界。これまた、えも言われぬ美しさとノスタルジーが交錯します。
山岳雑誌で目の覚めるような秋山特集のグラビアを見ていたハルトは、居てもたっていられなくなり、さっそくザックを荷造りして山梨県にある標高2000メートルを超えるK岳に向かうことにしました。
今日は冷たい小雨が降っていますが、天気予報では明日は快晴とのこと。「気温も上昇して汗をかくだろうから、あまり嵩ばる服装はやめにしておこう。ぽかぽかと暖かい陽光を浴び、落ち葉を踏みしめながら、のんびりと1泊2日の静かな山行が楽しめるぞ!」
ところが翌朝、山のふもとに来てみると、予想外の風景が広がっていました。どうやら前日通過した低気圧が影響したらしく、K岳周辺はうっすらと雪化粧していたのです。雪といっても山麓ではわずかだし、天気もよいのですぐに溶けるだろうとたかをくくり、そのまま登山を決行することにしました。
しかし、林道を歩いているうちにだんだんと雪の量が増し、登山靴のくるぶしまで隠れるようになってきました。ハルトは雪道には慣れていません。1歩踏み出すたびにパウダーのような新雪に足をすくわれ、思うように前へは進めません。次第に疲れがたまり、息も上がりやすくなってきます。
■そこには白いワナが待っていた
やっと地図上の山小屋の建つ峠付近に到達した時には、もう陽は落ちていました。あたりは木々に囲まれていることもあって真っ暗です。見上げると、いかにも冷たそうな鋭い三日月がぽっかり群青色の夜空に浮かんでいます。
「山小屋はどこにあるのだろう?」。ハルトはヘッドランプで地図を確かめながらつぶやきました。登山道はほぼ水平になっていて、この先を少し行くともう下り坂になりそうな気配。ここが目的の峠であることは間違いなさそうです。だとすると、近くに今夜泊まる予定の山小屋が建っていてもおかしくはない、と彼は考えます。
「もし山小屋があるなら、木々の間から皓皓たる小屋の灯りが洩れていて、すぐに分かるはずだ。ここは峠ではないのだろうか? …オレはいったいどこにいるんだ?」 こう思った途端、彼はとてつもなく背筋が寒くなり、そして心細くなってきました。
これ以上焦るとろくなことはなさそうだと危険を感じた彼は、フリースの上にレインウェアを着込み、尻には枯れ枝を敷いて雪の上に座りました。とりあえず1個残っているおにぎりをザックから取り出してかじると、シャリシャリと氷を噛む音が。
「ううっ、これはダメだ。余計に体が冷える。こうなったらココアの1杯でも飲んで気持ちを落ち着け、もう一度探してみるしかないな。それでだめなら…」と言いかけた時、近くからギイー、バタンと戸を開け閉めするような音がしました。
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