「スローガン言葉」の危険性

スタッフ一人ひとりの行動を変容させ職場でのミスや事故を防止するためには、当然のことながらただ単にスタッフの行動を観察し、不足行動を増やすよう、あるいは過剰行動を減らすように指摘するだけでは足りません。職場全体の文化として、「安全行動を取る」という文化を、現場のリーダー、マネジャーが率先して築かなければならないのです。

拙著『無くならないミスの無くし方』(日本経済新聞出版)では、こうした文化づくりのためにリーダー、マネジャーが止めるべきものとして、「スローガン言葉の使用」を大きく取り上げています。

「安全意識の徹底」…たとえば製造業の現場では、このような言葉が実際に張り出されていることもよくあります。また、「勤務前の健康管理を怠らないように」「気を引き締めて作業に集中するように」などという言葉もよく聞かれます。しかしそうした具体性のないスローガン言葉を使ったところで、それによって現場の安全意識が徹底されるか、安全行動を取る文化が築けるかといえば、残念ながらそんなことはないでしょう。

そもそも「安全意識」とは何か?「徹底」とは何をすることなのか? こうしたことが明確化されていないスローガン言葉は、心構えを提示し、現場で働く人の内面に訴えかけようとしているだけです。言い換えれば、相手にとっては自分がどんな行動を取ればいいかがわからないまま。あるいはスタッフ一人ひとりの解釈に任せることになる。スローガン言葉を強く唱えたところで、問題の解決には直結しないのです。

「常識で考えろ」は通用しない

こうした具体性のないスローガン言葉が厄介な点は、「その言葉自体は間違っていない、悪いものではない」ということにもあります。

たとえば接客業における「お客様目線で心のこもったサービスを心がける」などという言葉も、そこに具体性はないものの、少なくとも悪い印象は持たないはずです。ただし、〝お客様目線〟〝心のこもったサービス〟が、具体的にどのような行動を指すのかが示されてはいません。スタッフは自分の解釈で良かれと思ってサービスをしたつもりでも、上司からは「もっとお客様目線で」「心がこもっていない」などと言われてしまう…。そんな無意味な軋轢が職場で生まれてしまうことにもなりかねません。

また、スローガン言葉が示すような「普段の心がけ」だけでなく、上司の指示そのものが「曖昧な言葉」というのも、危険なことです。

曖昧な指示は組織を危険にさらす(イメージ:写真AC)

あるホテルの宴会担当部署で、ベテラン社員が若手社員に「何本か瓶ビールの栓を抜いてテーブルの上に用意しておくように」と指示を出しました。ところが、今の若い世代にとっては「瓶ビールの栓を抜く」ということが理解できない場合も多いのです。彼ら彼女らの中には「栓抜き」という道具の存在すら知らない人もいます。結局若手社員は瓶ビールの栓を素手で力ずくで抜こうとして、手にケガをしてしまったといいます。

現場のリーダー、マネジャー側からすれば「こんなことが〝曖昧な指示〟になってしまうのか」「そんなことは常識で考えればわかるだろう」と思うかもしれませんが、人が常識と思うことや価値観は十人十色。ましてや人手不足で外国人の働き手に頼る今の時代、さまざまな価値観やバックボーンのなかで「常識で考えろ」は通用しません。

それが事故やミスにつながってしまう、ということを考えれば、具体的な言葉を使うことの重要性はよくわかると思います。