ワールド ファイアーファイターズ:世界の消防新事情
可搬ブロアー(送風機)による効果的な正圧戦術について
煙と熱とガスと視界をコントロールする
一般社団法人 日本防災教育訓練センター 代表理事/
一般社団法人 日本国際動物救命救急協会 代表理事
サニー カミヤ
サニー カミヤ
元福岡市消防局レスキュー隊小隊長。元国際緊急援助隊。元ニューヨーク州救急隊員。台風下の博多湾で起きた韓国籍貨物船事故で4名を救助し、内閣総理大臣表彰受賞。人命救助者数は1500名を超える。世田谷区防災士会理事。G4S 警備保障会社 セキュリティーコンサルタント、FCR株式会社 鉄道の人的災害対応顧問、株式会社レスキュープラス 上級災害対策指導官。防災コンサルタント、セミナー、講演会など日本全国で活躍中。特定非営利活動法人ジャパンハート国際緊急救援事業顧問、特定非営利活動法人ピースウィンズ合同レスキューチームアドバイザー。
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正圧戦術(Positive Pressure Attack:PPA)は、消火作業を行う前に機械的に陽圧換気ファンを用いて活動隊員と要救助者の視界を作り、室内の温度を下げるほか有毒ガスや煙を除去し、救助活動を有利な条件にするための屋内戦術の1つの手段で、米国では1926年から行われています。
今回は、PPAインストラクターであるスペイン消防のアトゥロ・アーナリッチ大隊長(Battalion Chief Arturo Arnalich)の資料を基にご紹介します。
まず、正圧戦術を行う条件は①火災で倒壊するような古い建物でないこと、②排気口近くに隣接建物の窓や延焼の恐れのある部分がないことです。
正圧戦術を行う手順は以下の通り。
1、火災建物の周囲、可能であれば360度から建物内外の状況確認を行う。
2、換気ファンを風上側の開口部に設置する。火災建物入り口に放水準備完了。
3、風下側に排気口を設置・開放し、換気ファンをフル出力にする。
ドアコントロールを行いながら入り口を開放する。
風上側の入り口からフル出力で陽圧換気を行う。
4、屋内侵入のため内部延焼状況を確認し、素早く火点へ向けてアプローチ。
5、要救助者を発見したら、迅速に救助する。
6、火災を消火する。
今まで、米国やヨーロッパでは、Vertical Roof Ventilation(垂直屋根排煙)が主流でしたが、
・屋根に開けた穴からのみの自然排煙だった。
・屋根に上がった隊員の転落、機材の落下、殉職事故が後を絶たない。
・屋根排煙のために最低2名の活動隊員はもちろん、梯子やチェンソーなど、限られた資機材と人員を排煙のために使ってしまう。
などの理由で、2005年くらいから徐々にPPAに移行しています。
また、流体力学、熱力学によって①気体は温まると膨張する②閉鎖室内空間で気体が膨張すると室内空間の圧力が増す③ガスが温まると気流は上昇する④圧力が高い気体は圧力の低い空間へ移動する-ことが分かっています。
気体の法則から気体の特性を表すと:
Pressure (P=気圧), volume (V=体積) と temperature (T=温度) の関係式は
P · V = n ·R ·T
火災は、複数の要因を考慮しなければならない動的な状況です。
燃料の燃焼は:温度も上がり、体積も上がる。
閉鎖空間での熱は:気圧が上がる。
機械的な排気:気圧が上がる。
排気口の開口:気圧が下がる。
送気速度:気圧が下がる。
最大の懸念事項は「煙」です。そして煙=可燃性ガス。屋内に煙が充満している環境では、下記のように非常に危険な状態です。
有毒ガス環境 要救助者にとってもリスク
燃料の多い環境 → 消防士にとってもリスク
視界の悪状況 火災建物へのダメージ
高温の熱
しかし、もし屋内の煙をコントロールできれば、下図のような状況を作り出すことができるかもしれません。
要救助者が呼吸ができる 要救助者の救命率向上
視認性のある活動環境 → 安全な消防活動環境
火災発生原因のない環境 火災建物へのダメージ減少
低い室内気温
火災発生から先着隊到着時に行うことは、①排煙口が設置できればPPAを行う②排煙口が設置できなければ屋内閉鎖環境での消火活動になる③排煙口側にも警戒放水体制を取ることで万が一の延焼を防ぐーといったことが重要です。
(※可搬ブロアーはエンジン式が多く使われていますが、排気ガスから一酸化炭素を発生するため、換気できる環境での使用が前提になります。電気式は放水活動中、コードリールのメス接続部分で漏電し、突然、遮断する可能性もあるため、あまり使われないのかもしれません。)
下記のビデオは具体的なPPA活動の一連の流れとポイントを説明しています。
Overview of positive pressure vantilation (出典:Youtube)
火災時の流体力学を学ぶには下記のビデオが参考になります。このキットも作れると火災防御教養に活かせると思います。
Vantilation at fires 3 (出典:Youtube)
いかがでしたか?
PPAを行うには、活動隊員すべてが火災建物への進入要領や火災防御の基礎を身につけていることが条件だと思います。理由は、閉鎖空間や建物の内部構造に遮蔽物が多く、上手く排煙ができない場合など、誤った条件でPPAを行うと火災が拡大してしまい、要救助者にもさらに危険な状態を与えてしまいます。
逆に考えるとPPAを先に教えることで、その各動きのコンセプトや行うことの理由を理解させながら、火災防御の基本を実戦訓練することもできると思います。
参考までに下記の記事 のリンクを添付いたします。
■火災防御活動時のドアコントロールをマスターしよう!
すべての動作に意味がある!
http://www.risktaisaku.com/articles/-/4004
■火災防御活動全般のコンセプトを学ぶための「ドールハウス」を作ろう!
ファイアー&エアー&スモークコントロールについて
http://www.risktaisaku.com/articles/-/3884
■建物の判別訓練による消火戦術の向上
判断力養うサイズアップ訓練
http://www.risktaisaku.com/articles/-/2794
PPAの原理などを学術的に深く研究されたい方は、下記の資料が一番詳しいと思います。
■Evaluation of the Ability of Fire Dynamic Simulator to Simulate Positive Pressure Ventilation in the Laboratory and Practical Scenarios
http://fire.nist.gov/bfrlpubs/fire06/PDF/f06065.pdf
消防職員研修用は下記がエビデンスベースの実践的内容でとてもわかりやすいと思いますが、学科だけでも8時間の3日間コースで教えるくらいのボリュームがあります。実戦訓練がさらに3日間あるようです。
■POSITIVE PRESSURE ATTACK
http://www.tempest.us.com/wp-content/uploads/PPA-CEIS-Guadalajara-Arturo-Arnalich.pdf
いつか、全国的な国際消防技術研究会(International fire fighting technology study group)を立ち上げて、相互に教え学び合うような内容で、国内外の講師によるワークショップ形式の訓練ができるといいですね。
(了)
一般社団法人 日本防災教育訓練センター
http://irescue.jp
info@irescue.jp
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