関西大学での避難訓練の様子(※画像はイメージです。出典:wikipedia)


■逃げるもとどまるも本人の自由?

今日はBCP策定会議の第2回目の日です。BCP策定会議のために案出した"自分の会社にとって本当に必要と思えるテーマ"を検討するのです。ヨシオが最初に取り上げたのは避難の手順とルール、すなわち「避難計画」です。なんだ、BCPなのに避難計画かなどと言うなかれ。あなたの会社ではどこまでこの基本中の基本が全社員に周知されているでしょうか。日頃の社内の危機意識のレベルを思うにつけ、ヨシオもそんな疑問を実感しないわけにはいきません。

ヨシオはみんなに向かって語りかけました。「当社の場合、本社がこのビルに移る前から避難訓練は行われてきたようです。かなり歴史は古いですから、さぞかし皆さん一人ひとりの意識の中に、安全に避難するためのDNAが組み込まれているのだろうと思っていたのですが、避難規定を読みかえしてみると、かなりアバウトなんです」。こう言って「Bさん、ちょっと避難の手順を述べてみてもらえますか」と、ヨシオと同年代の上長に尋ねました。

「避難してください!との呼びかけがあったら、部屋から出てエレベータで1階まで降り、玄関の前に集まる。そこでみんなで点呼をとって報告してそれで終わり」。Bさんは自信を持って答えました。

「なるほど、そう来ると思っていました」。ヨシオはやっぱりなあという顔をしながら説明を続けます。「実は、誰がどんな手順で避難を呼びかけるのか、何も決まっていないんです。災害に気づいて避難しなきゃと思った人だけがてんでバラバラに避難することになってしまう。避難ルートも同じで、どこをどう通って避難するかは本人次第。エレベータなんか使って大丈夫かな。集合場所が玄関前では人が殺到してケガをするかもしれませんよ」。

■避難計画を非難されないために

このように現状を指摘した上で、ヨシオは避難のタイミングや避難経路、そして避難に関わるコミュニケーションのあり方についてみんなに意見を求め、ホワイトボードに書いていきました。

手が挙がりました。「今議題になっているのは、どんな災害を想定した避難手順ですか?災害の種類によって避難するかしないか判断が分かれると思うんですが」。しかしヨシオはこれを否定しました。「災害といっても何が起こるか分かりませんからね。災害の名前を特定しておいて、それが起こった時だけ避難するなんてヘンでしょう。どんな災害かによらず、身に危険が迫ったらただちに避難態勢に移るというのが、現実的なところかと思いますよ」。そして次のように続けました。

「避難の呼びかけは、局所的な災害なら第一発見者から周囲の従業員、そして総務課の順に通報することにしたいと思います。総務課は報告を受けた者がただちに館内放送をする。避難の際はなるべく部署ごとにまとまって避難するのがよいと思います。避難ルートですが、なるべく安全かつ最短時間で避難できる通路を何本か特定し、それぞれの通路には障害物等を置かないことも規定するつもりです。一時避難集合場所ですが、これは玄関ではなく駐車場です。これをお忘れなく」。このように述べながら、ヨシオは集合場所ではすばやく点呼を取り、逃げ遅れた者がいないことを確認すること、総務担当は非常時持ち出しリュックを持参すること、避難訓練は年一回確実に実施することなども、ボードに書き出しました。 

■安否確認と一口に言うけれど…

次に議題としたのは「安否確認」の手順です。ヨシオはまずその意義を述べました。「火災のようなローカルな災害の場合は、駐車場に集合して点呼をとればお互いの無事は確認できます。しかし大地震のような広い範囲で起こる災害では、外出中や出張中、あるいは夜間や休日に在宅の社員も含めて無事かどうか確認しなければなりません。これがいわゆる安否確認です」。

Xさんから質問が出ました。「すると、安否確認の担当者がたくさんの従業員の家や携帯に一人ひとり、一件一件電話をかけるんでしょうか? 地震のパニックでただでさえ社内が混乱を極めている時にですよ。短時間で効率よく安否を確認する仕組みは何かあるのかな?」。

隣の席のY子から別の発言です。「大地震だと、おそらく停電になって会社の電話は使えないですよね。すると社用の携帯電話でやり取りすることなると思うのですが、東日本大震災では携帯がつながりにくくて困ったという人も少なくありませんでした」。

ここでZさんから一つの提案が。「そのことなら心配ご無用。自動安否確認サービスがありますよ。いまスマホで調べてみたんだが、月々の利用料金なんてビビたるものだよ。震度5強以上の地震が起こると自動的にトリガーがかかって全社員の携帯に安否報告要求メールが一斉に配信される。これで今問題となっていることも一発解決だよ」。

ヨシオは一呼吸置いてコメントします。「メールを使った自動安否確認サービス。これなら音声通話と違って途切れる心配はないし、時差はありますが確実に相手に届きますからね。とてもよいお考えだと思います。ただし、一つの点を除いては」。

■コミュニケーションは人同士の問題なのだ

基本的にメールを使って安否確認をすることは、東日本大震災以降の常識になりつつあります。会議メンバーもそのことは薄々実感してはいましたが、ヨシオの最後の一言が気になったようです。ヨシオは続けます。

「確かに安否確認の自動化は便利ではありますが、携帯やスマホを手に取り、着信したことを知るのも、自分からボタンを押すのも、しょせん"私たち自身"です。言い換えれば本人が何らかの理由で着信した安否要求メールを見られない、あるいは見てもすぐには返信しない、できないこともあり得るわけです。大地震などでは、携帯やスマホを紛失したり壊れたり、電池切れ、自宅の被災で安否メールを打っているどころではない、といった様々なことが起こるでしょう」。

こう言ってひとわたり会議室を見渡しながら、「そこで、自動安否確認サービスの件は少し後になってから検討させていただくとして、まずは[本人]から[会社]あてに自主的にメールを送信して安否を伝えるというルールを定着させる、これを優先したいと思います。もちろん一方通行ではなく、もし災害発生から3時間を過ぎても本人から連絡がない場合は、会社から本人宛にメールをするという条件付きです。それと、外出の多い営業担当者などが出先で地震に遭遇し、会社と連絡がとれない場合に備えて、最寄りの避難施設に避難するといった自主的な行動ルールも決めていただくことも考えています」。

ヨシオは携帯やスマホのメール機能だけでは少し心配なので、これ以外の代替連絡方法を参加者全員にブレーンストーミングを通じて考えてもらいました。公衆電話、災害用伝言ダイヤル171、SNSで安否確認のネットワークを作っておくなど、さまざまな案が提出されました。

(了)